連載:#BAYSTARS - 横浜DeNAベイスターズ連載企画 -

蝶野正洋が語る三浦大輔監督2年目への期待「厄払いは済んだ、カッコイイ姿を」

ライトハウス

三浦監督とは長年の親交がある蝶野さん。監督2年目への思いとは? 【写真提供:ライトハウス】

 スポーツナビと横浜DeNAベイスターズが連携してお送りする「#BAYSTARS」。1998年以来のリーグ優勝、日本一を目指す、ベイスターズの今をお届けする。今回は“黒のカリスマ”こと蝶野正洋さんが登場。90年代のプロレス界を席巻したnWoに、三浦大輔監督、鈴木尚典コーチを引き入れた過去を持つ蝶野さんに、三浦監督との思い出や三浦体制2年目のベイスターズへの期待を語ってもらった。
(取材・構成:ライトハウス)

※nWo……ニュー・ワールド・オーダー(New World Order)の略。1996年にアメリカのプロレス団体・WCWでハルク・ホーガンを中心に結成したユニット。97年に同団体と提携関係にあった新日本プロレスの蝶野正洋が天山広吉らとnWoジャパンを結成。武藤敬司らも加入し、プロレスの枠を超えたブームを巻き起こし、野球、サッカー、相撲など他のスポーツ業界の選手もサポートメンバーに名を連ねた。

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三浦監督、鈴木コーチは叩き上げの努力家。ベイスターズを盛り上げる意識でnWo入り

――nWoメンバーとして98年の東京ドーム大会のセコンドについた三浦大輔監督、鈴木尚典コーチと出会ったきっかけから教えてください。

蝶野 最初は新日本プロレスの横浜のプロモーターを通じての紹介でした。当時の彼らはまだ若手だったので、そこまで知らなかったのですが、ベイスターズは自分が住んでいる神奈川の球団ということで、交流が生まれた感じですね。

――そこから三浦監督たちがnWo入り、98年の1・4東京ドームでの入場につながっていくわけですが、当時の様子は覚えていますか?

蝶野 この頃は俺自身、一番脂が乗っている時期で、周りにも目を配る余裕があったので、彼らにケガをさせてはいけないという気持ちもありましたし、せっかくだから楽しんでほしいという思いもありましたよ。ああやって花道を歩くというのは初めてだとしても、東京ドームは野球場ですから、彼らにとっては慣れ親しんだ場所でもありますし、緊張した様子もとくになかったですね。逆に何かあったらパフォーマンスの一つでもしてやろうかくらいの感じだったと思いますよ。

――堂々とした入場シーンでしたからね。

蝶野 リングに向かうときは野球選手というよりは、プロレスラーになりきって、nWoの一員として花道を歩いていましたよ。
――現在はその三浦さんがベイスターズの監督を務めているわけですが、蝶野さんから見て三浦監督はどんな人物だという印象がありますか?

蝶野 とにかく真面目な人ですよ。見た目はリーゼントで派手な印象がありますけど、実際はコツコツ努力を重ねるタイプですよね。現役時代は持病をもちながらもケアをして長年結果も出し続けていましたし、自己管理もしっかりしていましたよね。もともとドラフトでも下位指名で入団して、そこからエースになった人ですから、言うまでもなく努力家ですよね。それは鈴木コーチも同じだと思いますけど、下からの叩き上げで1軍のトップになってタイトルも獲得しているわけですから、本当にすごいですよ。俺自身もプロレス界ではエリートで入ったわけではないし、そういう意味でも叩き上げの彼らのことを応援していましたよね。

――自身の境遇と似たところもあって共感したのですね。

蝶野 それはありました。どの業界でもそうだと思うんですけど、トップエリートはちょっと頭でっかちになりがちなんです。三浦監督にしても鈴木コーチにしても、そういうところはなくて柔軟な考えを持っていました。だからこそ、nWoに入ったんだと思います。当時のベイスターズは決して人気球団というわけではなかったので、なんとかしてチームを盛り上げようという意識が強かったと思います。

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