若き女子フルーレ団体が挑んだ強敵 確かな手ごたえは“未来”につながる
過去最高となる6位でも、悔しさは残る
アメリカからポイントを奪う上野優佳(右) 【写真は共同】
19歳で世界ランク7位のエース・上野優佳(中央大)をはじめ、日本フェンシング史上初の姉妹で同時出場を果たした東莉央(明治安田生命)と東晟良(日本体育大)ら、平均年齢が21歳の若さあふれるメンバー。上野に代わって菊池小巻(セガサミー)が入った今年1月のワールドカップで6位に入り、開催国枠に頼らず自力での出場を決めていた。25日の個人戦では上野が準々決勝進出を果たし、こちらも女子では史上最高の6位に入賞。目指すのは、女子フェンシングで初となるメダルの獲得だった。
29日、初戦の準々決勝で激突したのは、世界ランキング4位のアメリカ。同5位の日本とチームランクでは拮抗(きっこう)しているが、アメリカには個人戦で金メダルに輝いたリー・キーファーがおり、絶対的な柱が確立している。
第1試合で姉の東莉央がキーファーに食い下がりながらも4-5でリードを許すと、続いて登場した上野も2点に差を広げられ、じわじわとプレッシャーが伝播した。「自分のところで同点か、もしくは点数をプラスして回したかったんですが……。またそこからマイナスを増やしてしまって、そこから流れを持っていかれてしまいました」と上野。第8試合では堅い守りを信条とする辻すみれ(朝日大)をピスト(フェンシングの試合場)に送り出したが、失点を止めることはできなかった。36-45で敗れ、この時点でメダルの夢は消滅。妹の東晟良は「メダルを取りたかったので、一言で悔しいです」と、唇をかみ締めた。
経験の浅さが差を広げられた要因
平均年齢が21歳の若いメンバーで臨んだ日本。経験の浅さもあったが、パリ五輪に向けて確実に良い経験になったはずだ 【写真は共同】
「人生の団体戦の中で、一番点を取られてしまったかもしれません。基本的に負けている状況で回ってきたので、ディフェンスで持ち味を出そうとは言えない状況になってしまいました」
序盤から勢いよく攻め込んでいき、ペースを握っていくのが理想だったに違いないが、全員が五輪初出場の経験が浅いチームだけに、一度後手に回ってしまうと立て直しが難しい。初戦で目標が潰えてしまい、残り2試合のモチベーションを保ちづらくもあったのではないか。東莉央は「個人戦と団体戦は全然違う。個人戦は自分のやりたいことが自分のペースでできますが、団体戦だと自分の突かれたポイントがすごく影響してしまう」と振り返った。ジュニアの頃からチームを組んでいたメンバーでも、「五輪の団体戦」となると1ポイントの重みが変わってくる。4人それぞれが、改めてそのことを思い知る1日となった。
今後につながる東京の経験
当初、パリ五輪での結果を考えていた上野(写真)。3年後はメダル獲得を目指す 【写真:ロイター/アフロ】
カナダ戦で大きくリードを広げられた第6試合では、「0-0からのスタートというような感じで、自分のフェンシングをしよう」と割り切った上野が臆すことなく接近戦に持ち込み、1試合で10点をマーク。それに触発された東晟良も続く第7試合で9得点と、ポテンシャルの片りんを見せつけた。
エースの上野は、数年前まではこの東京五輪を常に意識していたというより、次の24年パリ五輪を「(結果を残すのに)一番いい年齢なんじゃないか」と考えていた。それが19歳で挑んだ初めての大舞台で、個人・団体ともに6位に入り「東京でこうした経験ができたことは、今後につながっていくと思います」とうなずいた。もちろん、他の3人がピークを迎えるのもこの先であり、自国での貴重な体験はきっと未来につながるはずだ。今回は悲願のメダルに手が届かなかったものの、その願いはパリの地で叶えてみせる。
(取材・文:守田力/スポーツナビ)
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