酒井宏樹がマルセイユで過ごした激動の5年 “チーム唯一の本当の友”との再会の五輪へ
酒井が「チーム唯一の本当の友達」と呼んだかつての相棒、トーバン(右)。2人は五輪で再会する 【Gettyimages】
フランスリーグとマルセイユの人々の心に最も深い足跡を刻んだ日本人、酒井宏樹がそこで何を築き、どのような経緯で欧州から去る決断に至ったのかを、本人の言葉で紐解いていこう。
インスタグラムでひっそりと告げた「ありがとう。そしてさよなら」
17-18年シーズン、酒井はヨーロッパリーグ決勝進出への過程でフランス全土に熱狂を生み出した 【写真:ロイター/アフロ】
「すべてをひっくるめ、素晴らしい5年間だった。本当に、何も悔いはない。もちろん途中では、悔しさや、大変なこともあったけれど、やり残しは一切なし。責任感をもってこのユニホームを身に着け、常に全力で戦った。そのチャンスを与えてもらったことに、すごく感謝している」
酒井はマルセイユでの経験をこう要約した。実際、マルセイユで過ごした5年の間に、才能ではチームのトップではなかったとしても、常に全力を尽くし、一貫性のある働きを提供する頼れる駒として、酒井は地元ファンの間で愛され、認められる存在になっていた。
ルディ・ガルシアに信頼され、成長した3年間。中でも2017-18年シーズンには、ヨーロッパリーグ決勝進出への過程で、フランス全土に熱狂を生み出した。準々決勝で酒井が決めた、「勝利を決定づける5ゴール目」は、いまや伝説の1ページとなってマルセイユの歴史書に刻まれている。折しも誕生日だったその日、1点を許せば敗退という緊迫した場面で、酒井のシュートが無人のゴールに吸い込まれ、ファンと仲間の歓喜を爆発させた瞬間は、今もここ10年で最もファンをゾクゾクさせた感動のシーンのひとつに数え上げられている。
アンドレ・ビラス=ボアス監督下では苦労もしたが、念願のチャンピオンズリーグ(CL)行きを果たし、最後にやってきたホルヘ・サンパオリ監督には大きな信頼を寄せられて、旅立ちの直前まで、「君はここに残るんだ」と説得され続けた。
思わず漏らした「信用されていないんだな、と感じた」という言葉
ビラス=ボアス新監督を迎えた19-20年シーズン、酒井は終了まで足首の故障を引きずることに 【写真:ロイター/アフロ】
実際、シーズン後半には、監督が右SBのポジションでブナ・サールの方を好むような傾向も見られ始めたのだが、この状況下で皮肉だったのは、これで酒井の出番が減ったわけではないことだ。サールや左SBのジョルダン・アマビらの故障のせいで、酒井はむしろ、足首の故障を押して試合に出続けることを強いられた。「体調が万全でない中で試合をしなければならないため、パフォーマンスの質が落ちる」というジレンマを抱えながらも、チームを助けるため無理して試合に出続けているうちに、コロナ禍でリーグが打ち切りに。これにより、ずっと待たされていた手術を即座に決行した酒井は、「シーズンを通して監督やサポーターにとって絶対的選手でいられなかったことが残念」と漏らしていた。
こうして迎えた20-21シーズン、プレシーズンの練習試合ではサールが右SBで先発起用され、ポジション争いが予想されていたが、蓋を開けてみれば、開幕戦からスタメンを張ったのはやはり酒井だった。サールの故障、後に移籍があり、酒井は手術明けにもかかわらず連戦に取り組むことに。いくつかの小さな故障で短期間の離脱はあったが、サールが移籍してからは、1人の交代要員もいない状況下で、どんなに疲労していても3日おきの連戦を余儀なくされることになった。
酒井自身が交代要員の獲得を嘆願していた中、冬の移籍市場で、ついに新右SBのポル・リロラが加入する。ところが1月16日のニーム戦で、リロラが右SBで先発起用された時、酒井は休みをもらう代わりに左SBで先発した。そして敗戦に終わったこの試合の後、それまで決して不平を述べたことがなかった酒井の口から、「最近、右サイドであれだけ良いプレーをしていただけに、ここで急に左というのは……」という言葉がこぼれたのだ。
「信用されていないんだな、という感じを受けた。それがすごくショックです。新しい選手が入ったらすぐに右で使い、(僕は)左で、というのは……ちょっときつい」
この後、「起用されたからには、左でもクオリティーの高いプレーを提供しなければならないので、それは自分の責任」とすぐに言い添えたものの、漏らしたその言葉は正直な気持ちだった。
クラブは実際、多少故障があっても、動ける状態ならばチームのために無理してでも働く酒井をかなり酷使していた。特に日程が過密だった冬場、疲労からプレーレベルが落ち、それゆえ酒井が批判される、という不条理が生じていたのだ。その後も、リロラの右SB起用が続く中、監督に信頼されていない、と感じた酒井が移籍を真剣に考え始めたのは、ある意味で予想できたことでもある。
「僕ら外国人は非EU(欧州連合)枠をとっているわけだから、もし必要とされないなら、よそに行くだけ」
こんなつぶやきが漏れたのも、このころだった。