現役ボクサーが見た井上尚弥戦 相手が「先入観で負けている」と感じた1R

船橋真二郎

マイケル・ダスマリナス(フィリピン)を圧勝で下し、3度目の防衛に成功した井上尚弥 【Gettyimages】

 6月19日(日本時間20日)、アメリカ・ネバダ州ラスベガスでWBAスーパー、IBF世界バンタム級タイトルマッチが行われ、統一王者の井上尚弥(大橋)がIBF1位、WBA8位の挑戦者マイケル・ダスマリナス(フィリピン)を3回2分45秒KOの圧勝で下し、WBA王座は5度目、IBF王座は3度目の防衛に成功。ボクシングの聖地で目指す世界4団体制覇を強烈にアピールした。

「早い回で確信を持てました」(井上)

 身長170センチと井上より5センチ長身のサウスポー、ダスマリナスを問題にしなかった。1ラウンドからプレッシャーをかけ、完全にペースを支配。2ラウンドに左ジャブ、ショートの右アッパーというワンツーからの左フックで脇腹をえぐると顔をゆがめた挑戦者はたまらずヒザをつく。続く3ラウンドにも右、左のアッパーを見せておいての左ボディで立て続けにダウンを奪い、レフェリーが試合をストップした。

 この一戦を前東洋太平洋スーパーフェザー級王者でIBF同級13位の三代大訓(ワタナベ)はどう見たのか。昨年12月、プロ11戦目で前WBO世界スーパーフェザー級王者の伊藤雅雪(横浜光)に殊勲の判定勝ち。対戦相手の分析力が高く、独特の感性、表現力を持つ。2年前にはスパーリングで井上の力を肌で感じてもいる。三代の試合評は――。

三代大訓「1Rから100パーセント逃げのバックステップ」

井上尚弥とダスマリナスの一戦を前東洋太平洋スーパーフェザー級王者でIBF同級13位の三代大訓(ワタナベ)に話を聞かせてもらった 【ワタナベジム提供】

「僕はダスマリナスが自ら可能性をつぶした感じがしました」

 勝負あった、と見たのは1ラウンドが始まってすぐだったという。井上にいきなり左フックを合わされ、ひるんだようにも見えたが、それ以前に三代の目にはダスマリナスのバックステップが引っかかった。

「1ラウンドから100パーセント逃げのバックステップでしたよね。もう、もらったら危ない、逃げろみたいな。確かにバックステップって距離を外すディフェンスのひとつなんですけど、そのあと打てる体勢を取るものなんですよ。それがなかったですね。すでに先入観で負けている、自分より相手が実力者だと分かっている人のよけ方だなって、僕は感じました」

 試合前にダスマリナスの映像を見て、わずかながら可能性を感じていたのが“イレギュラー”な部分だったのだが。

「ダスマリナスの動きって洗練されていなくて、パンチのタイミング、角度もラフだし、頭も低いじゃないですか。そこで逆にレベルの高い井上選手とのミスマッチが起きて、あるとしたら意識の外から当たった一発が効いたりとか、バッティングが目に入るとか、そういうイレギュラーなものが重ねっての負けかな、と思っていたんですけど、その可能性もまったくなかった試合でしたね」

 攻めてこそ、自分のよさが生き、突破口を見いだせるはずのボクサーが距離を取り、まともに向かい合っていたのでは勝ち目はない。ダスマリナスの気持ちが引けていたのは試合前からなのか、リングに上がってからなのかは分からないが、「気持ちは分からないでもないんです」と三代にも覚えがあった。「あ、これは過去最高にヤバい人だなって感じました。本能的に怖いなって」と、スパーリングで井上と初めて向かい合った時の感覚は強烈だった。ダスマリナスに世界的な強豪との対戦経験がないことが出てしまったのか。

三代大訓「あそこまでパワーとスピードに恵まれている人が繊細にパワーとスピードをコントロールして、丁寧にやってきたら。スキなんてないですよね」 【Gettyimages】

 同じ圧勝は圧勝でも「今日みたいな勝ち方のほうが、同じボクサーとして、さらにヤバいな、強すぎるだろ、と思いますよ」と三代は言う。どういうことか。

「みんなが期待していたのは、たとえば(一撃でKOしたファン・カルロス・)パヤノ戦のような、ド派手にズドーンみたいな勝ち方だったと思うんですよ。もしかしたら、あのときのようなインパクトはなかったかもしれないですけど、あの手のやりにくい、ちょっと雑なところがある相手に対しても丁寧に自分の勝ち筋を合わせていったじゃないですか。そこのヤバさですよね。今回の相手のように力の差があったら、パワーだけで潰すこともできたはずなんですよ。あそこまでパワーとスピードに恵まれている人が繊細にパワーとスピードをコントロールして、丁寧にやってきたら。スキなんてないですよね」

 いずれの詰めの場面でもしっかりアッパーで意識を上に向けさせ、ガードを固めさせ、決して返しをもらわないタイミング、ポジションから的確に空いたボディを狙ったことも、そのひとつだろう。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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