マスク着用率とCO2測定から見えるもの Jと産総研のコラボはなぜ実現したのか?

宇都宮徹壱

ルヴァンカップ決勝が延期となるもJクラブが調査に協力

Jリーグの仲村健太郎氏。昨年6月に新型コロナウイルス対策本部(21年より同対策室へ変更)が立ち上がり、リーダーとしてジョイン 【宇都宮徹壱】

 Jリーグと産総研のコラボレーション実現には、実はもうひとつ、これを強く後押しする外的要因があった。それは昨年10月30日から11月1日にかけて、横浜スタジアムで行われた、大規模イベントの人数制限緩和に向けた実証調査。横浜DeNAベイスターズvs.阪神タイガースの3試合で、飛沫影響の検証やマスク着用率の把握などによる感染リスクの検証が行われている。このNPBのアクションが、Jリーグの決断を促したことは、仲村氏も認めるところであった。

「私も横浜スタジアムに視察で伺いましたけれど、プロ野球界のチャレンジにJリーグが影響を受けたことは間違いないです。このコロナ禍の中、NPBとJリーグが協力しながら連絡会議を続けてきただけに、我々もこうしたチャレンジをしていかなければ、という思いは、当然ながらありました」

 Jリーグはすぐさま、11月7日に国立競技場で開催されるルヴァンカップ決勝で、実証調査を行うことを決定。CO2濃度の測定による密状態の確認や、映像解析による観客間の距離やマスク着用などの測定を行うべく、産総研と共に準備を進めていた。ところがコロナの影響で、ファイナルは翌年1月4日に延期となってしまう。代わりに実証調査の場を提供したのが、モンテディオ山形とFC今治。なぜ、J2やJ3の地方クラブが手を挙げてくれたのか。実はいずれも、保高氏の人脈を生かして実現したものであった。

「山形については、県協会会長の桂木(聖彦)さんが、前職でお付き合いがあった方だったんです。桂木さんからクラブに連絡していただいて、ご協力いただけることになりました。今治については、社長の矢野(将文)さんが東大サッカー部、僕は京大サッカー部の出身で、定期戦を通じての先輩後輩の関係です。それで仲村さんと相談の上、矢野さんにご連絡したら『いいですよ。ぜひ』みたいな感じで(笑)お願いをできることになりました」

 当初は「産総研って何」とか「CO2調査? 今、大変なんだけど」など、Jクラブの反応はあまり芳しいものではなかったという。コロナ対策と過密日程に加え、リーグ戦終盤のタイミングでもあったので、無理もない話だと思う。しかし、山形や今治での実証調査の様子が共有されたことで、Jクラブの間でも理解が広がっていった。「その後は『ウチでもやりたい』と言っていただけるようになりました」と保高氏。こうして実績を積み重ねた上で、1月4日の国立競技場での実証調査に、満を持して臨むこととなった。

実証調査で得られたデータは東京五輪でも生かされる?

1月4日に国立競技場で開催されたルヴァンカップ決勝では、大規模観客を入れての実証調査が行われた 【宇都宮徹壱】

 この実証調査の結果については、すでにJリーグの会見の内容が報じられており、産総研の公式サイトでも確認できるので、詳細を知りたい方はそちらを参照していただきたい。

4月11日、味の素スタジアムで行われた実証調査の様子。CO2濃度をリアルタイムで計測 【スポーツナビ】

 ここでは2点、個人的に気になったことについて、保高氏に解説していただくことにする。まずCO2の濃度測定において、「トイレは密になりやすい」という結果が出たことについて。競技場内のトイレは、感染リスクが高いのだろうか?

「コロナの主な感染経路は飛沫や飛沫核です。トイレは空間的には密になりやすいですが、滞在時間が短いですし、マスクをしていて、会話をすることもありませんから、そういう意味ではリスクは低いだろうと考えます。それより注意すべきは、スタンドに座っているときやコンコースでの会話ですね。同行者との会話が、一番リスクが高いという調査結果でした」

 もうひとつはAI技術によって、マスク着用率が「95%」という数値をはじき出したことについて。実は私も取材現場で、スタンドの様子を何度か双眼鏡で確認している。マスクを外している観客が5%もいたら、すぐに気づいたはずだが、飲食中の人を除けばまず見当たらなかった。数字と現場の実体験に、若干の乖離があるようにも感じられるのだが?

「ある方からも『5%って、1万人いたら500人でしょ? そんなにマスクを付けてない人がいたの?』って言われたんです。そういうことではなくて、AIが感知したときに飲食中でマスクを下げていた人もカウントしているんですよね。ちょっとの間、あごにマスクをずらしている人もいますし、家族連れで、マスクを外しているお子さんも一定数います。このような人もマスクを外しているとカウントしています。これらの解析は、産総研の人工知能研究センターの大西正輝さんのチームが短期間に実装してくれました。意図的にマスクを付けていなかった人は、実際には1%から2%くらいだったと理解しています」

マイクロホンアレイを用いて観客席の応援状況を把握。こちらも味の素スタジアムの調査で使用 【スポーツナビ】

 大規模イベントでの実証調査は、その後もJ1の試合で2回実施。観客のマスク着用や分散退場といった対策が、対策なしと比較して94%のリスク軽減となることが確認された(冒頭で紹介した川崎、鹿島でも継続して調査を続けている)。この結果に、Jリーグの村井満チェアマンも「手応えを感じる」とコメント。時に批判を受けながらも、1年かけてJリーグが取り組んできた感染対策に、科学的なエビデンスを伴う評価を受けたことの意義は大きい。こうしたデータはJリーグのみならず、7月23日に開幕予定の東京五輪にも生かされてほしいところ。仲村氏は言葉を選びながら、こう語る。

「我々Jリーグは、五輪開催や入場制限について意見を言える立場にはありません。ただし、我々サッカー界が取り組んできた調査結果というものを、五輪開催に活用していただければ、という思いはあります。そのための協力は惜しまないですし、もちろん産総研さんとの調査で得られたデータも提供させていただきます」

 今回の取材を終えて、最後に個人的に思うところを。東京五輪に関して、政府も東京都も組織委員会も「安心・安全の開催」を事あるごとに繰り返している。しかし、そこにどれだけの科学的なエビデンスがあるのだろうか。「我々科学者ができるのは、意思決定団体に対して科学的知見を提供することなんです」とは保高さんの言葉だ。裏を返せば、そうした情報を生かすも殺すも、意思決定団体次第。今回、Jリーグと産総研のコラボによって得られたデータを、ぜひとも「安心・安全」のために活用してほしいところだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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