マスク着用率とCO2測定から見えるもの Jと産総研のコラボはなぜ実現したのか?

宇都宮徹壱

なぜJリーグの試合でマスク着用率が測定されているのか?

マスク姿で登場したFC東京のドロンパ。Jリーグ観戦でもマスクは必須アイテムとなって久しい 【宇都宮徹壱】

《5月4日名古屋戦マスク着用率/試合中96%/ハーフタイム85%/引き続きマスク着用にご協力をお願いします》

 5月16日、等々力陸上競技場で行われたJ1リーグ、川崎フロンターレvs.北海道コンサドーレ札幌。そのハーフタイムで、大型ビジョンにこのような表示がされていたことに、お気づきの方はいるだろうか? 川崎のホームゲームでは5月4日より、AI技術によるマスク着用率が測定されている(測定といっても、個人の顔は識別されないが、マスクの着脱などの動作は識別できるという特殊なカメラを用いた測定だ)。実は同様の測定は、鹿島アントラーズのホームゲームでも行われているのだが、SNS上では「マスク警察」うんぬんといった内容の書き込みも散見された。

 この前日の15日、終了間際の同点ゴールに興奮したヴィッセル神戸のサポーターが、マスクを正しく着用しない状態で叫んでいる姿が中継映像に抜かれた。同情すべき点は多々あるのだが、結果として当該サポーターはクラブ側から「厳重注意」を受けることとなる。そんな経緯もあって、ファンが「マスク警察」といぶかるのも無理からぬ話。なぜJリーグは、スタジアムでのマスク着用率の測定をしているのだろうか? 

「Jリーグがやってきた感染対策、例えば座席の距離確保や市松模様の配置などによって、感染リスクは30%くらい下がります。ただし最も効果があるのは、やはりマスク着用。これで90%くらい下がることは、これまでのリスク評価の解析である程度は分かっていました。今回、AIを用いてマスク着用率を調査しているのは、定量的に(数値を)出すことが大きなポイントだと思ったからです」

 そう語るのは、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下、産総研)の保高徹生氏。産総研はJリーグとの協働で、昨年11月から新型コロナウイルス感染予防のための調査を行っており、保高氏はプロジェクトで主導的役割を果たしている。そしてJリーグ側のキーパーソンが、新型コロナウイルス対策室のリーダーである仲村健太郎氏。保高氏の言葉を継いで、こう語る。

「保高さんがおっしゃるように、最も感染対策に効果があるのがマスク着用であることは明らかです。ですので、その数値を可能な限り高めていくことが、重要であると考えています。継続した調査を行うことによって、着用率のアップにつながっていくのであれば、全クラブに共有して対策強化につなげていきたいという狙いもあります」

Jリーグと産総研がコラボレーション

産総研の保高徹生氏。自身もプレーヤー経験があり「サッカー界にお役立ちしたいと思っていた」と語る 【宇都宮徹壱】

 保高氏と仲村氏の話から、マスク着用率の測定がペナルティーを課すことを目的としたものではないことが、ご理解いただけたと思う。それにしても、Jリーグの新型コロナウイルス対策室については理解できるとして、保高氏が所属する産総研についてご存じの方はどれだけいるのだろうか? 「不勉強で、まったく知りませんでした」と私が正直に申し上げると、保高氏は「知らない方のほうが多いと思います」と苦笑する。

「産総研は、経済産業省所管のわが国最大級の公的研究機関です。研究者が2,300人くらいいて、エネルギーや環境課題解決、AI技術の開発、新材料の開発、地質の調査、さらには長さ「メートル」や重さ「キログラム」の定義など、要はさまざまな産業技術に関わる研究をしているところなんですよね。私の専門は『環境リスク評価』といって、環境汚染物質の人体への影響や対策、それにかかるコストや社会の合意形成といったことを研究しています」

 Jリーグと産総研。まったく接点のなさそうな2つの組織は、なぜ協働することとなったのだろうか。きっかけはJリーグとNPB(日本野球機構)が、専門家を交えて定期的に開催している、NPB・Jリーグ新型コロナウイルス対策会議。この会議は当初、感染症の専門家のみを招いて行われていた。その後、リモートマッチから徐々に観客を入れるにあたり、新たに「科学アドバイザー」として招かれたのが、東京大学の井元清哉教授。この人物が、Jリーグと産総研を結びつけることになる。

「井元先生は、データサイエンスがご専門で、大規模スポーツイベントのリスク評価に取り組まれています。Jリーグとしても、昨年の中断明けから徐々にお客さんを入れていくという中、先生にジョインしていただいたという経緯があります。我々としては『コロナ以前(の観戦環境)に戻していきたい』という強い思いがありました。そのためには、政府などに対して『将来に向けた入場数制限の緩和』という部分で、科学的なエビデンスを出していく必要がありました」(仲村)

「私は感染症の専門家ではないですが、環境リスクの視点から何かできるのではないかと。Jリーグとの連携により、スタジアムにおける観客のリスク、あるいは選手のリスクといったものを評価させていただいています。一見するとJリーグ様と産総研は、全然関係なさそうな組織です。その両者が、互いのニーズをぶつけ合うことで、面白いコレボレーションが生まれるという直感はありましたね」(保高)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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