琉球一筋9年目、岸本隆一だからこそ感じる 沖縄アリーナでプレーすることの意味

ミムラユウスケ

後編

こけら落としとなった、4月21日の名古屋D戦。終了間際の岸本の同点スリーポイントは、今後沖縄アリーナを語っていく上で重要なプレーとなるはずだ 【(C)B.LEAGUE】

 4月11日に「Our First Games」という琉球ゴールデンキングスの選手たちと地元・沖縄の未来を担う子どもたちによる試合を行うイベントでオープンした沖縄アリーナ。前編ではこの『アリーナ』が、これまでの日本の前時代的な『体育館』と比較してどう異なり、どのような意図を持って建てられたのかを探った。

 後編では、新時代のエンターテインメントの拠点が沖縄市に出来るまでの経緯と、このアリーナが未来にどのような意味を持っていくのかについて、関係者の証言から紐解いていく。

岸本、沖縄は「バスケが文化として根付いている」

「沖縄の人間にとって、県内の公園にバスケットリングがあるのは当たり前のような感覚があります。もちろん他の県にもバスケットリングが設置されているある公園はあると思うのですが……」

 そう語るのは、岸本隆一である。大学を卒業してプロになってから琉球ゴールデンキングス一筋で、9シーズン目の岸本は、長くキャプテンを務めてきた。現在はその役職こそ譲ったものの、リーダーの一人である自覚に変わりはない。沖縄県名護市の出身だが、東京にある大東文化大学で学んだ。沖縄生まれながらも、他県の状況もわかっている。

 そんな岸本は、ごく最近、愛息と公園に通っているうちにあることに気がついた。
「沖縄県外には誰もが利用できるバスケットコートの数自体が少ないことも関係しているとは思うのですが、バスケが上手な人しかコートを使うことを許されないような空気があるんですよ。

 でも、沖縄の場合は、違うんですよね。僕から見ても『上手だな』と思うような子から、お世辞にも上手ではない子まで、様々です。その幅があることがすごいなと思っていて。例えば、おいかけっこをするときに、『おいかけっこが下手だから』という理由で参加させてもらえないことなんてないですよね? 沖縄にはリングにボールを通すことを純粋に楽しむ人であふれているんですよ。そんなところから、『バスケが文化として根付いているんだ』と感じます」

 その文化は、大きなアドバンテージになった。そして、キングスには沖縄で初めてのプロスポーツチームとして活動してきた実績もあった。
 ただ、それだけでは片付けられないような地元とスポーツクラブの理想的な関係がある。

 2021年4月11日に沖縄市にオープンした沖縄アリーナ。日本のスポーツ界とエンターテインメント界の道を作るような形で完成した今、その関係に触れないわけにはいかない。

 アリーナのイベントフロアの中心に置かれたバスケットコート。それを観るための最適な位置に観客席を設けるところから設計が始まったのは、前編で記したとおりだ。

 ただ、キングスの社長を務める木村達郎はこう語る。

「僕らが自由にやらせてもらったというのではなく、行政のみなさんとも互いに配慮しながら、一緒に作ってきました。そのなかで市長が、1万人規模のアリーナを公約に掲げてくださったことは大きな意味がありました。キングスのためではなく、それまで沖縄になかった規模のモノを作ろうとしてくださったわけですから」

 沖縄市の市長を務める桑江朝千夫の任期は、現在2期目に入っている。初めて当選した2014年の選挙の時点から1万人規模のアリーナ建設を公約に掲げていた。桑江が有権者からの支持を集められなければ、ここに至らなかったことはハッキリしている。
 そのうえで木村は、桑江に率いられた沖縄市の本質に目を向ける思考法の意義を説くのだ。

「我々のような沖縄アリーナをホームとして使わせてもらう立場の人間と一緒に考えていかないと、良い建物は作れないというスタンスを持ってくださったから、ここに来られたと思います。『立派な建物さえ出来ればそれで良い』という考えではなく、『来場者の方に満足してもらうアリーナを作ることが、ゆくゆくは地域の活性化につながる』と先を見据えて考えられた。そこが沖縄市のすごいところです」

「ハイウェイコンコース」は文字通り高速道路のすぐ隣にあり、高速を通る人にもインパクトをあたえる 【写真提供:琉球ゴールデンキングス】

 新アリーナにはこれまでキングスが使用してきた沖縄市体育館の8倍もの女子トイレが用意されている。しかも、個室だけではなく、化粧などのために使用するパウダースペースも完備している。他にも大きな館内の経路のナビをしてくれるサイトや、トイレや飲食ブースの混雑状況までもスマホでチェックできるサイトまで備わる。

 それらは短期的なコストだけを考えれば、削られかねない。その一方で、来場者の満足度を高めるためには欠かせないものだ。だから、そういうところへの設備投資は惜しまなかった。

 来場者の快適さを追求するという沖縄市の姿勢が一貫していたからこそ、沖縄のためにもどんな恩返しができるのか、どのような貢献ができるのかを木村たちは自発的に考えてこれた。

 例えば、アリーナの外観もそうだ。

 立派な正面玄関だけではない。背面のデザインにもこだわっている。背面のすぐ脇を通る高速道路のほうにせり出した、「ハイウェイコンコース」というものが設けられている。アリーナの内部からも車が迫ってくるような景色が見えるのだが、高速を通る人が、そんなに近いところに巨大な建物と大勢の人がいるインパクトを受けるように設計されている。
 沖縄市は沖縄県の中央部に位置している。南部には玄関口の空港や県庁所在地である那覇市があり、北部には数々のリゾートや沖縄の観光スポットである美ら海水族館がある。

「例えば、北部の美ら海水族館に車で向かう人が、『なんだ、あれは?』と思ってもらうことは考えました」

 木村はそう語るが、そのような工夫は他にもある。

 バスケットボールのコートにも仕掛けがある。中央のセンターサークルにあしらわれているキングスのロゴとサイドラインの間には、沖縄のリゾートをイメージしたさざ波とやしの木がデザインされている。

「建物がいくらすごくても、試合中継に主に映るのはコートです。試合映像を見た瞬間に、『これは、沖縄だ!』と誰の目にもわかるようなものを用意しようと考えました。それで、沖縄に観光地、リゾート地として魅力があることを感じてもらえたらいいなと」

 いわば、沖縄の魅力をアピールするイメージ戦略ともいうべきものだ。

さざ波とやしの木がデザインされたコート。NBAではロゴ付近から打つシュートをロゴスリーとも呼ぶが、琉球では“ヤシの木スリー”といったところか 【写真提供:琉球ゴールデンキングス】

 だが、それだけではない。

 沖縄との深いつながりを示す取り組みをキングスは続けてきた。

 例えば、昨年6月のこと。地元企業が運営するオリオンビール奨学財団を通じて、沖縄県内の高校生の大学進学を支援する奨学金に寄付をした。バスケに限らず、多くのスポーツクラブがコロナ禍で減収減益におちいる状況でのアクションについて、木村はこう宣言している。

「現在は、プロスポーツチーム経営にとっては非常に厳しい事業環境ですが、苦しいのは我々だけではありません!」

 もっとも、キングスは新型コロナウイルスという言葉がこの世に出回るはるか前から、子どもたちのための取り組みを行ってきた。沖縄の中学生とその親を対象に、アメリカのスポーツ文化を学ぶための旅行に無料で招待する「ドリームスタディーツアー」などがそうだ。現代風に表現すれば、国際社会共通の目標であるSDGsにつながる取り組みである。

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著者プロフィール

金子達仁氏のホームページで募集されていた、ドイツW杯の開幕前と大会期間中にヨーロッパをキャンピングカーで周る旅の運転手に応募し、合格。帰国後に金子氏・戸塚啓氏・木崎伸也氏が取り組んだ「敗因と」(光文社刊)の制作の手伝いのかたわら、2006年ライターとして活動をスタートした。そして2009年より再びドイツへ。Twitter ID:yusukeMimura

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