連載:アスリートに聞いた“オリパラ観戦力”の高め方

山本恵理が精魂を込める「3秒のロマン」 パラパワーリフティングを彩る美しき挙上

C-NAPS編集部

見る人の心を動かすメキシコのレジェンドの存在感

山本は、レジェンドとして名高いアマリア・ペレスを選手としても人間としても尊敬している。彼女に追いつき、追い越すことはできるのか 【Getty Images】

 海外で注目は、同じ女子55キロ級のアマリア・ペレス選手(メキシコ)ですね。シドニーパラリンピックから5大会連続でメダルを獲得し、リオでは43歳にして世界記録を打ち立てたレジェンドです。私にとってはライバルと言うのがおこがましいくらいレベルの高い選手ですし、注目しているという言葉では形容できないほど尊敬しています。自分の体の重さの倍以上の130キロのバーベルを挙げる姿は圧巻ですし、同じ階級とは思えないほど大きな体をしているんです。20年の競技生活を積み重ねて130キロ。私は競技歴4年でやっと63キロに到達しました。私もいずれ、アマリアに追いつけるようになりたいですね。

 アマリアのすごさは、3試技とも必ず成功させる集中力です。以前一度だけ、アマリアが手首をケガしていた影響で失格するところを初めて見たんですけど、本人だけでなく見ていた私もすごく悔しい思いになりました。ファンの方も同じように悔しさを感じたはずですし、周囲の人の感情を動かせる選手は魅力的ですよね。1試技1試技にかける彼女の思いが、見ていて伝わってきます!

 アマリアは、大会で会うと「Tシャツを交換しようよ!」と言ってくれるなど、すごく気さくに話しかけてくれます。2020年の初めにも、「4月に山梨で合宿をするから、絶対会いに行くからね」とメッセージをくれたんですけど、コロナ禍で日本に来られなくなりましたね……早くコロナが落ち着いて、彼女に会える日を待ち望んでいます。

 彼女はメキシコ国内ではヒロイン的な存在なんです。2017年にメキシコ地震があった時にも物資の少ない場所に自ら支援をするなど、競技だけでなく人間的にもすごく温かいんですよね。私もそんな人間でありたいと思っています。

パラリンピック出場によって「社会を変えること」が夢

自身の活躍を機に「社会を変えたい」と語る山本。東京パラリンピックをそのきっかけとすべく、今日もバーベルを挙げ続ける 【写真:C-NAPS編集部】

 パラパワーリフティングでは、日本の女子選手はまだ誰もパラリンピックに出場していません。「初の日本女子選手」として出場できたら、男子の競技というイメージを変えられるかもしれませんし、そういう意味でもすごく意義のあることですよね。

 ただ、私がパラリンピックを目指す最大の理由は「社会を変えること」です。実はアスリートでいる時間と普段の生活とでは、周りの空気感や接し方にギャップを感じるんですよ。車いすだからできないこともあるし、断られることや偏見を感じる瞬間もあります。私がそれを感じているということは、周りの障がい者やお年寄りの方々はもっと感じていると思うんです。だから、自分の生活や周辺の社会を変えられたら、きっと他の誰かの社会にもいい影響をもたらすんじゃないかと考えています。あまり大きいことを考えるとできなくなるので、まずは自分の周りの社会を変えていきたいですね。

 東京パラリンピックは1年延期になりましたが、止まらないコロナの感染拡大で開催を不安視する声も多く聞きますよね。ただ、私の目標は、「パラリンピックに出場すること」。それが東京になろうとも、パリになろうとも、ロサンゼルスになろうとも変わりません。だから毎日やることも変わらないですし、最大限自分の体と気持ちを突っ込んでいくことがポリシーですね。

 スポーツ界に限らず、コロナ禍で目標を達成できない人はたくさんいるはずですが、その中で「どう努力できるか」という姿勢を見せるのもアスリートの役割だと考えています。いわば、パラリンピックの意義は「困難をいかに解決するか」ではないでしょうか。私たちパラアスリートは、障がいによってすでにできないことがある中でどうやったらできるのかを考えて続けているので、そういう考え方も伝えていけたらと思っています。

 東京パラリンピックが開催されることがベストですが、アスリートがコントロールできる部分ではありません。コントロールできるのは、目標を見失わずに日々の練習を積み重ねることです。日本初の女子パラパワーリフターとしてパラリンピックに出場して、たくさんの人に見てもらうこと。それをきっかけに社会を1ミリでも変えられるように、これからもバーベルを挙げ続けます。

(取材・執筆:久下真以子)

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著者プロフィール

ビジネスとユーザーを有意的な形で結びつける、“コンテキスト思考”のコンテンツマーケティングを提供するプロフェッショナル集団。“コンテンツ傾倒”によって情報が氾濫し、差別化不全が顕在化している昨今において、コンテンツの背景にあるストーリーやメッセージ、コンセプトを重視。前後関係や文脈を意味するコンテキストを意識したコンテンツの提供に本質的な価値を見いだしている。

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