連載:プロ野球日本シリーズ 熱戦の系譜

プロ野球史上最多となる日本一22回 巨人が繰り広げた日本シリーズの名勝負

前田恵
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今年リーグ2連覇を果たし、36度目の日本シリーズに臨む巨人。その戦いの歴史を振り返っていく 【写真は共同】

 リーグ優勝38回、日本一22回と、圧倒的な強さを誇る巨人。なかでも、メジャーリーグの名門・ヤンキース(V5)を上回る連覇記録「V9」(1965年〜73年)は、もはやアンタッチャブルレコードと言っても過言ではないだろう。球界の盟主・巨人の日本シリーズの戦いを振り返る。

今なお破られないV9の偉業

川上哲治監督の元、前人未到のV9を達成した1965年から73年。ONを中心に圧倒的な力を誇った 【写真は共同】

 2020年10月30日、巨人はリーグ優勝を果たし、2年連続37度目の日本シリーズ進出を決めた。今季で71回目を迎える日本シリーズの半数強に巨人が出場しているのだから、いかにその強さが傑出しているかがわかるだろう。

 さて、巨人が日本シリーズに初めて出場したのは1951年。第2回の日本シリーズだ。対するはこの年、パ・リーグ初優勝の南海。巨人・水原茂と南海・山本(のち鶴岡)一人の両監督による対戦は、この後52年、53年、55年、59年と行われ、水原巨人の4勝1敗に終わっている。

 56年から58年の巨人はリーグ3連覇を果たしたものの、日本シリーズでは黄金時代を迎えていた西鉄に3年連続で敗退。58年はルーキー・長嶋茂雄が第1戦に先制のタイムリー三塁打とダメ押しの2ランでシリーズデビューを果たし、長らく巨人のクリーンアップを打った打撃の神様・川上哲治がこの年限りでバットを置いた、新旧交代の年だった。
 
 川上は61年、巨人の監督に就任するなり、リーグ優勝と日本一を達成。そして65年、4勝1敗で南海を制したところから、V9の偉業が始まる。
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著者プロフィール

1963年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学在学中の85、86年、川崎球場でグラウンドガールを務める。卒業後、ベースボール・マガジン社で野球誌編集記者。91年シーズン限りで退社し、フリーライターに。野球、サッカーなど各種スポーツのほか、旅行、教育、犬関係も執筆。著書に『母たちのプロ野球』(中央公論新社)、『野球酒場』(ベースボール・マガジン社)ほか。編集協力に野村克也著『野村克也からの手紙』(ベースボール・マガジン社)ほか。豪州プロ野球リーグABLの取材歴は20年を超え、昨季よりABL公認でABL Japan公式サイト(http://abl-japan.com)を運営中。

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