海外初挑戦の室屋成が語る胸の内 ブンデスよりも「Jリーグの方が戦術的」

島崎英純

誰にも相談をせず、海外移籍を即決

ドイツの生活で困っていることは特に無いという。チームメイトの原口元気の存在が大きいようだ 【Getty Images】

 室屋は少年時代に過ごした大阪から東北の青森山田高校へ進学し、先述したように明治大学を経てプロへの道を選択している。彼には環境が劇的に変化する境遇をごく自然に受け入れてきた歴史があるのだ。

「身を任せるというか、重要な決断に対して深く考えないタイプなんですよ、僕。だから、わりと思い切って新たな場へ行ってしまうのかもしれません」

 ちなみに、今回の移籍に関しては特に誰にも相談をせずに即決したという。

「(幼馴染でもある南野)拓実に話したくらいですかね。でも、彼にも相談というものはなく、『行くわ』という報告をした感じでした。ただ、今のハノーファーのチームメイトである(原口)元気くんからは僕が日本にいるときから連絡が来ていて、『早く来いよ』と言われていました」

 ハノーファーには3歳年上の原口元気がいる。室屋にとって、2014年夏に浦和レッズからドイツへ渡って約6年間、ドイツで過ごしてきた原口の存在は心強い。

「今のところ、こちらの生活で困っていることは特にないです。食事なども、よく元気くんの家に呼んでもらってご飯を食べさせてもらっていますから、本当に助かっています。それにハノーファーはもっと田舎だと思っていたんですよね。でも、イメージしていたよりも街が大きくてびっくりしています(笑)。街中は緑も多くて、快適に過ごせていますよ」

 これからウイルスの感染状況が落ち着いて各国の入国制限が緩和されれば、日本にいる家族もドイツに来て、家族全員での生活を営むこともできる。そんな未来を描きつつ、今の室屋にも当然悩みはある。今まさに、困難に直面しているのは言語だ。ドイツ語の習得には本当に苦しんでいるという。

「語学には関心があるんです。でもドイツ語は難しすぎて、ちょっと面食らっているんです(笑)。それでも、まずは生活面のことよりもピッチ上で使うドイツ語を覚えなくてはと思っていて、勉強はしているんです。あとは英語も覚えようかと。英語のほうがドイツ語よりもこれまでの積み重ねがあるので上達しやすいのかなとか、いろいろと葛藤しています。とにかくドイツ語が難しすぎて(笑)」

 ハノーファーのチームミーティングはすべてドイツ語で行われる。トルコ生まれでありながらドイツ国籍を有するケナン・コチャク監督体制では当然トレーニングもドイツ語が中心で、室屋もチームコンセプトの習熟や修練のために、この国の言語を介さなくてはならない。
「チームメイトには元気くんがいるので、どうしても頼ってしまう面はあります。特に最初の1カ月、2カ月は言葉の面など、本当に元気くんに助けてもらっているので、今はそこに甘えていますね。チームメイトとのコニュニケーションはジェスチャーなどで何とか意思疎通を図れていて、皆もとてもフレンドリーに僕を受け入れてくれるので助かっているんですが、やはり最終的にはドイツ語で交流を図れないと駄目ですからね。例えば日々のトレーニングなどでは言葉が分からないので、戦術練習がとても難しく感じているんです。今は集中してボールの流れなどを見ながら周りのプレーを観察しているんですが、それでも間違えることが多くて大変です。その都度、元気くんに聞きたいところですけども、彼とはポジションが違うので練習のときにお互いの距離が遠くて、なかなか会話ができない(笑)。でも、これは乗り越えなければならないことですから、早く慣れたいと思っています」

 練習時の苦労を口にする室屋だが、ブンデスリーガのゲームではチームメイトに対して遠慮なく意見を交わすシーンも見られた。

「ドイツ語で言ったり英語で言ったり、日本語で言ったり。相手に伝わっているかは分からないですが、ジェスチャーや表情などで伝えようとはしています。そこは逃げてはいけない部分だと思うんです。こちらは主張の強い選手が多いので、自分も『はい、はい』と聞いているだけでは駄目だと思う。自分の気持ちをはっきり表現しなくては認められない。その自覚はあります」

正々堂々と、前だけを見つめて

自身の立場を理解し、どうやって前に進めばよいのかを理解しているように感じた 【写真提供:UDN SPORTS】

 室屋は少年時代に在籍した大阪府熊取町のゼッセル熊取FCで同学年の南野拓実(リバプール/イングランド)と出会った。また、明治大、FC東京と同じキャリアを歩んだ長友佑都(マルセイユ/フランス)にシンパシーを感じる面もあり、海外に活躍の機会を求めた先達たちへの憧れの念があったとも思われた。しかし、意外にも本人は淡々としていた。

「正直、そういうのは全くないんです。それこそ拓実は、彼が海外でプレーしている姿を観て、一般の皆さんと同じような感じで『スゲーな』、『マジで頑張れよ』といった目線で応援していたんですよね。だから周りの選手が海外でプレーしていることで僕が何かの影響を受けたというのはなかったんです。佑都くんに関しても、彼の年齢で、マルセイユというビッグクラブでプレーする。その力はすごいと思います。佑都くんの一番のすごさは絶えないメンタリティと向上心。これは皆さんも感じていることでしょうけどね」

 長友といえば、マルセイユへ合流してすぐにチームメイトと積極的にコミュニケーションを図る様子が伝わった。これは彼の環境順応力の高さが示された一例だろう。

「マルセイユのチームメイトの(酒井)宏樹くんがインスタで上げていましたよね(笑)。すごいですよね。僕も、あんな感じでコミュニケーションを図りたいですが、とりあえず今は僕の感覚で仲間と接しますよ。あそこまで体を張らなくても大丈夫かなと思っていますから(笑)」

 長友、酒井宏樹、そして先日現役引退を表明した内田篤人氏など、これまでヨーロッパのサッカーシーンでは日本人サイドバックの活躍が目立つ。同じサイドバックの選手として、室屋はこの傾向をどう捉えているのだろう。

「単純に皆がすごい選手だからじゃないでしょうか。サイドバックだから活躍できる保障はなにひとつないですし、逆にそんなことを思ったらプレッシャーにもなってしまうので、今は自分のペース、自分のスタイルでやっていこうと思っています」

 室屋自身はサイドバックというポジションについても、それほど特別な思いを抱いていない。

「地味なポジションですよね(笑)。労力のわりには目立たないポジションなので、このポジションの役割を分かってくださる方が『今日の試合は良かったね』なんて言ってくれると、気持ち良かったりします(笑)。そもそも僕自身は、このポジションじゃないとプロになれていなかった。だから、他のポジションでプレーしたい気持ちなんて、今はすでにないですよ」
 飄々(ひょうひょう)としているように見えて、内実は物事に真摯(しんし)に向き合い、自身の置かれた立場を理解したうえで精進に努める。苦労や努力はピッチ上の成果へ還元されればいい。異国の地で得られる経験をポジティブに捉え、その職務に邁進(まいしん)しつつ、今はただ、プロサッカー選手としての人生を有意義に歩みたいと思っている。

「ハノーファーはDFBポカール(ドイツカップ戦)1回戦、そしてブンデスリーガ開幕戦も勝って良いスタートを切れましたから、これをキープしながら、僕自身はもっともっとチームが良くなっていく努力をする。個人的には、まだまだ言葉の面、文化、そしてサッカーのスタイルが異なる国で戸惑うこともありますが、それでも今はうまくやれているかなと思っているんです。これから、もっともっとこの環境に適応していければ、自身のパフォーマンスも一層上がっていくと思っています」

 ドイツでの挑戦は始まったばかりだ。正々堂々と、清々しく、室屋成はただ一直線に前だけを見据えている。

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著者プロフィール

1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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