J1再開に寄せて…村井チェアマンの願い「新しいスタイルを一緒に作り上げたい」

飯尾篤史

「感染者は出る」という前提で考える

甲府は看板をバックスタンドにズラリと並べた。このアイデアを村井チェアマンも称賛 【(C)J.LEAGUE】

――今回、再開するにあたって選手やクラブ関係者にPCR検査を行い、3070人全員が陰性という結果が出ました。その報告を受けたとき、チェアマンはどんなお気持ちでしたか?

 ホッとしたというのが正直なところでした。PCR検査というのは、全員の結果が一斉に出るわけじゃなく、段階的に出てくるんですね。そのため、途中で100人近くの検査結果がまだ分からない状態で、その報告を受けたときはもう、寝られなかったです。

 修学旅行の前日も、試験の前日も、チェアマンに就任する前夜だって、眠れないなんてことはなかったのに、場合によっては100名くらいの陽性者が出るのか……と考えたら一睡もできなかった。だから、検査結果が確定して、全員が陰性だったという報告を受けたときは、思わず叫び声を上げてしまいました。冷静に考えれば、ただ単にその時点でまだ100名近くの検査結果が出ていない、というだけのことだったんですけどね(苦笑)。

――ただ、今後どこかのタイミングで陽性者が出る可能性もあると思います。

 今回、全員が陰性だったのは、本当に皆さんの努力の結果だと思うんです。選手だけにお願いすれば済む話ではなくて、家族、クラブ関係者、マッサー、ホペイロ……と、さまざまな人たちに感謝の気持ちがあります。ただ、引き続き注意を呼びかけていかなければならないと思っています。今後も約3000人が検査を受けるわけですから、おっしゃる通り、陽性者が出てもおかしくない。そのときは、プライバシーをしっかり守る、復帰に向けて細心の注意を払って助言していく。「感染者は出る」という前提で、クラブもリーグも考えていかなきゃいけない、というスタンスでいます。

――7月4日にはJ1が再開され、7月10日からは5000人を上限にファン、サポーターをスタジアムに迎えます。どのような準備をされ、どんな事態を想定されていますか?

 ガイドラインに細かく規定していますので、準備していることをしっかりやり切ることが大事だと思っています。ただ、ルールを決めればそれで済む話ではない。お客様をお迎えするときは、レイヤーが大きく変わりますので、あらためて緊張感を持つ必要があります。

 情報をしっかり開示し、観戦者の皆さんに納得していただき、ご協力していただく。応援スタイルひとつとっても、我々だけではできないことですから。ルール作りは過去の話であり、これからはファン、サポーターと一緒に作っていくフェーズに移行していくと考えています。

――サッカーにおけるゴール裏はひとつの文化だと思いますが、密の象徴でもあります。密になって声を出し、選手の後押しをする。それが喜びであり、生きがいである人たちがたくさんいて、Jリーグが支えられてきたのも事実です。このような事態のなかで文化をどう守っていくべきでしょうか?

 これはサッカー界だけでは解決できない問題、大きな社会の課題だと思っています。誰がウイルスに感染しているのか分からないから、「ソーシャルディスタンス」を取るわけですよね。けれども、すべての国民が定期的に検査を受けられれば、陰性同士の人が距離を取る必要はないわけです。

 ただ、陽性の人については、しっかり医療機関で治療が受けられるような体制の充実も必要です。こうした医療に対する社会資本がもっともっと投じられるには時間がかかる。当然、そのタイミングには、ウイルスに対するワクチンや有効な薬が開発される可能性もあります。

 今はまだその途上ですので、試合再開後は一定の間隔を置くことや、応援スタイルにおける不自由をお願いせざるを得ないんですけど、これが続くことをよしとはまったく思っていません。早く解決する方向に、社会そのものが移行していくことを願っています。

新しい層が来てくれるチャンスになる

――スタジアムの風景が早く元に戻るといいな、と思わずにはいられません。

 一番の理想はそうですよね。サッカーは点が入りにくい競技ですから、得点が生まれたときの感情の爆発は、理性で制御するのが簡単ではない。こうしたサッカーの本質と、喜びを共有するファン、サポーターとの関係性を考えると、黙って、離れて、観戦することがどれほど異様なものか。でも、現時点においては、その不自由さをのみ込みながら、来たるべき時を待つ、ということですね。人類の英知を持ってすれば、長大な時間がかかるものではないはずですから、今は歯を食いしばってでもサッカー文化を守っていこうと。そういうスタンスです。

――近年、徐々に増えてきたライト層やファミリー層は、一旦離れてしまうと、戻ってくるのに時間がかかる可能性もあります。そういった層に向けて、今後、再びアプローチをかけていく段階はいつ頃からとお考えでしょうか?

 今回、新型コロナウイルス禍におけるスポーツの再開が、国民的関心事になりましたよね。従来ではサッカーファン以外の方々がJリーグの再開にここまで注目するということは、なかったと思うんですよ。しばらくは5000人以下、50%以下と入場制限があります。その際にスタジアムに来場されるのは、コアなファン、サポーターの方々だとは思いますが、そのシーンをニュースなどで見るのは、将来サポーター、ファンになり得る方々。やっぱりスポーツは素晴らしいな、やっぱりサッカーを応援したいなと思っていただければ、ライト層やファミリー層が戻ってきてくれる、あるいは新しい層が来てくれる大きなチャンスになる、そんな風に捉えています。

――いよいよJ1が再開します。あらためてファン、サポーターの方々にメッセージをお願いします。

 今、プレミアリーグやブンデスリーガ、ラ・リーガといった世界のサッカーを我々は見ていますが、世界のサッカーファンもJリーグに注目していると思います。日本は新型コロナウイルスの感染対策やコントロールにおいて、罰則規定を設けて取り組んだわけではなかったですよね。国民一人ひとりのプライバシーに踏み込んで制御するようなことはしなかった。日本は、一人ひとりのアグリーメントの中で互いに協力し合い、コロナ禍と向き合ってきた数少ない国のひとつだと思うんです。

 そうした国のファン、サポーターが自国のリーグをどのように観戦するのか、世界のサッカーファンが注目しているはずです。その期待に応えられるよう、私たちJリーグは細心の注意を払って運営し、選手たちは素晴らしいプレーを見せ、ファン、サポーターの方々も素晴らしい応援を披露する。そんな新しいスタイルを、ぜひ一緒に作り上げていきたいと思っています。これはもう、皆さんの協力なくして実現できないことですので、ぜひともよろしくお願いします。

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村井満(むらい・みつる)
1959年8月2日、埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)入社。同社執行役員、リクルートエージェント(現リクルートキャリア)社長などを歴任。2008年よりJリーグ理事を務め、14年1月31日に第5代チェアマンに就任。

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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