連載:欧州 旅するフットボール

「あの島での半年間の記憶」 柴崎岳がテネリフェに刻んだもの

豊福晋
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柴崎が島の地を踏んだのは、2017年1月のこと。日本人来訪の一報に島は沸いた 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

テネリフェ

 南国のヤシの木が海岸線に続く。港へと下っていけば、すぐそこには大西洋が広がっている。地図を手にはるか東を見渡せば、数百キロ先はモロッコと西サハラの国境だ。スペインというよりは西アフリカの国の離島というほうが、少なくとも地理的にはしっくりくる。

 2017年1月、テネリフェを訪れた。スペイン、カナリア諸島のひとつだ。本土からは遠く離れており、首都マドリードからは1800キロ。飛行機で約3時間かかる。

 島の最大の産業はもちろん観光である。美しい海がある。スペイン最高峰のテイデ山がある。一年中温暖な気候に豊かな食材。観光資源は豊富だ。北国の人々(英国人やドイツ人、北欧人)は冬に、この気候を求めて島へと飛んで来る。島の地元民に余裕を感じるのは、どれだけ不景気でも必ず英国人は太陽と海を求めて来てくれるという確信があるからかもしれない。

 柴崎岳は鹿島アントラーズからこの島のクラブへとやってきた。
 2016年12月のクラブワールドカップ決勝でレアル・マドリードに2点を決め、世界の注目を集めた。当初は隣島のラス・パルマスへの移籍が取り沙汰されたけれど成立せず、行き先は2部のクラブ、テネリフェになった。柴崎が島の地を踏んだのは1月最後の日のことだった。
 日本人来訪の一報に島は沸いた。スポーツ紙はもちろんのこと、テネリフェ最大の一般紙ラ・オピニオンまでも一面で柴崎の到着を報じた。琉球新報がタイ人選手の到着を一面で報じるような感覚かもしれない。その日から数日間、テレビもラジオも、スポーツニュースはガク・シバサキの話題でいっぱいになった。決勝でレアル・マドリードに2得点を決めたインパクトの大きさを実感した。

 入団会見は通常はスタジアムだが、特別にテネリフェ観光局で行われた。日本へ向けてカナリア諸島の観光資源をアピールしたいという、クラブよりは市の意向だった。彼らの目論見は当たったのだろう、会見は日本メディアでいっぱいだった。

 ラケルという地元ラジオ局に勤める女性記者と知り合いになった。島の女性はスペイン本土と比べると、肌の色も髪の色も濃くて、より南国を感じさせる。長い歴史の中で、アフリカや大西洋の島国との血の交わりもあったのだろう。

 彼女はとてもうれしそうだった。
「もしかしたら今年で一番の話題かもしれないわね。島にやって来た初めての日本人選手だし、入団会見にこれだけメディアが来るのもこれまでになかったこと。ガクにはみんな期待してるわよ。もちろん私も応援してる」

 柴崎はピッチの上と同じく、冷静にスペインでの挑戦を語った。日本に住んでいた頃から、いつかのスペイン移籍を見据えて密かに勉強していたスペイン語も披露した。彼がスペイン語を話すと地元メディアは湧いた。小さなことでも、人の心をつかむ術はある。

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著者プロフィール

ライター、翻訳家。1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経てライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み現在はバルセロナ在住。5カ国語を駆使しサッカーとその周辺を取材し、『スポーツグラフィック・ナンバー』(文藝春秋)など多数の媒体に執筆、翻訳。近著『欧州 旅するフットボール』(双葉社)がサッカー本大賞2020を受賞。

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