連載:J1・J2全40クラブの番記者が教える「イチオシ選手」

川崎Fの主軸となり、代表にも返り咲く 守田英正は自身と向き合い勝負の年に挑む

林遼平

4-3-3が導入された今季、守田が狙うのはアンカーのポジションだ。田中碧と定位置を争うことになる 【(C)J.LEAGUE】

 大卒ルーキーだった2年前、リーグ連覇に貢献し、日本代表にも選出されたボランチは昨シーズン、2年目のジンクスに陥った。プロ3年目の今シーズンは、勝負の年。ここまでの公式戦2試合でベンチウォーマーに甘んじた守田英正はいま、何を思う――。

自分に対してムカついた2試合

 2月16日、シーズンの幕開けを告げるYBCルヴァンカップの清水エスパルス戦はベンチに座ったまま試合終了のホイッスルを聞いた。

 それから約1週間後に迎えたJ1開幕戦のサガン鳥栖戦。今度こそ出番を得られるかと思っていたが、この日もまたベンチに座ったままチームの戦いを見守るしかできなかった。

 悔しかった。フラストレーションがたまった。なぜ俺を使わない、なんであいつが出ているんだ、といった話ではない。ただ、自分自身にいら立ちが募っていたと守田英正は言う。

「『なんで出してくれへんの?』と思ってフラストレーションをためたわけではない。むしろ、そこは受け入れていて、それ以上に自分にムカついていた。自分で良くないと分かっているのに、自分にベクトルを向け切れず、人のせいにしようとするところにいら立っていました」

“2年目のジンクス”にハマった19年シーズン

 大卒新人としてプレーした18年シーズン。ボランチの主軸を担い、チームのリーグ連覇に大きく貢献した。その活躍が認められ、シーズンが終わる頃にはA代表入り。すさまじいスピードで階段を上っていく姿には驚いたものである。

 だが、いわゆる“2年目のジンクス”にハマってしまう。できることが増え、周りもよく見えるようになったことで、どうしてもより難しいことを考え過ぎるようになった。それが良い意味での勢いを失うことにつながり、自分自身のプレーも見失っていった。

「チャンスは与えられていたと思いますけど、それをすべて潰したのは自分自身だと思っています。今年はベースをもう一回戻してケガをしない身体作りをする必要があるし、サッカー以外のところでしっかりすることがプレーにもつながっていく。結婚もして環境も変わる。またフレッシュに、1年目のような気持ちでやりたいと思っています」

 今季の川崎フロンターレはシーズンのスタートに合わせて4-3-3の新システムに着手した。このシステムにおいてアンカーは、チーム全体のバランスを取る意味でも重要なポジションとなることが明らかで、このポジションの良し悪しが直接チームの命運を左右すると言っても過言ではない。それゆえに守田としても新たな役割への挑戦にやりがいを感じていた。

 だが、さまざまな思いを抱えて迎えた新シーズンのスタートは、自身の期待するようなものにはならなかった。キャンプから準備を進め、自分なりに手応えがあったにもかかわらず、なぜ試合に出られなかったのか。深く考えた結果、その後の連休でもう一度「自分で反省するきっかけをもらえた」と言う。いま自分に何が必要なのかを考え、再びピッチに立つために前に進む決意を固めていたのだ。

アンカーでプレーする楽しさ

 それから間もなくして新型コロナウイルスの感染拡大を受けてリーグは中断に。現在は、やれることをやろうと、以前から考えていたパーソナルトレーナーを利用した身体作りに励み、再開に向けて気持ちを落とさないように自らを追い込んでいる。

 アンカーポジションでのプレーを心待ちにする守田は、リーグ復帰後に向けたビジョンを口にした。

「対戦相手やスコアによって相手の動き方はいろいろあるけど、ゲームメークのところで簡単にボールを失わないことが大事になる。相手が守っているとして、コースを限定されないようにうまくかいくぐりながら嫌なところにパスを送ることが、アンカーには求められている。ここ最近はこのポジションでプレーする楽しさが自分の中にすごくある。だから、早く試合したいですね(笑)。今はガンガン追い込んで、試合で100%を出せるように準備していくだけです」

 プロ3年目のシーズン。勝負の年と掲げた新シーズンのスタートは、思った通りにはいかなかったかもしれない。だが、まだまだシーズンはこれからだ。1年目のようにフレッシュさを持って素直にサッカーを楽しみ、さまざまなものを吸収する。そうすることでチームの主軸となり、再び代表の舞台に戻る。自分のプレーをピッチで早く表現したいと考える男は、リーグの再開を今か今かと待ちわびている。

(企画構成:YOJI-GEN)
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著者プロフィール

1987年生まれ、埼玉県出身。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と、憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任し、『Number Web』などにも寄稿している。

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