【前編】侍Jの投手が師事する“ゴッドハンド” 選手の能力を高めるメソッドとは?

中島大輔

山岡が「抜けカット」を習得する理由

山岡が習得中と報じられる「抜けカット」。これもテクノロジーの進化の過程で発案されたものだ 【写真は共同】

 感覚という“得体の知れないもの”は近年、可視化されつつある。言語化、数値化、映像化などだ。

 そうしたことを可能にするテクノロジーに、トラックマンやラプソード、モータスがある。トラックマンやラプソードは球の回転数や回転軸などを計測でき、ウェアラブルデバイスのモータスは肘へのストレスを計ることができる。

「テクノロジーが出てきて選手の評価をしやすくなりました。どんな要素が足りていないのか、こっちが感覚で捉えたものを視覚化して伝えることができる。今までも感覚の言語化はしていたけど、数値化や映像化できるようになったのでめちゃくちゃ助かります」

 テクノロジーがプロの投手を進化させている代表例が、「ピッチデザイン」と言われるものだ。

 体操選手は新技を考える際、「既存の技に、回転や捻りをあと半分加えれば、新技ができると考えます」と五輪メダリストから聞いたことがある。同様の発想を、一部のトップ投手たちもテクノロジーを使いながら具現化している。

 一例がこの冬、オリックスの山岡が習得中と報じられた「抜けカット」だ。文字通り、カットボールをわざと抜けさせる球で、スポーツ紙は「魔球」「究極の新球種」と期待を膨らませた。
「チェンジアップが良くないときに使えるボールが山岡の課題だよね。俺にもイメージがあるから、何個か考えておくよ」

 高校生の頃から現在までトレーニングを見ている山岡と、高島はシーズン中からそうしたやりとりを行ってきた。山岡は150キロ台の速球を制球よく操れ、右打者のインコースに抜けることはほぼない。それはコントロールの良さを意味する反面、打者は踏み込んでいくことができる。チェンジアップの抜けが悪い場合、半速球になって打ち頃の球になるリスクがあった。

 そこで発案されたのが「抜けカット」だ。

 球を意図的に荒れさせ、内角に食い込むボールを織り交ぜることで、右打者は踏み込みにくくなる。この球種が加わることで、チェンジアップや速球も効果を増していく。

合理的に開発していく「魔球」

 では、この新球をどうやって習得するのか。

「山岡が抜けカットを投げたいというから、トレーニングに来る前に先に覚えて。お前にも、こういうボールがあるといいよね?」

 高島がそう伝えたのが、オフシーズン限定で「Mac's Trainer Room」でアドバイザーを務める赤沼淳平だ。立命館高校を卒業後、現在はアメリカの独立リーグで投手としてプレーしている。

 新球種を投げるには、まずはどんな球かをイメージすることが必要だ。誰かが実際に投じた軌道を見れば、より現実的にイメージを描きやすい。

 そこで最初に赤沼が「抜けカット」を習得し、山岡はその球を見てから自分で投げて、ラプソードやハイスピードカメラで確認しながら肘や指の角度など細部を微調整する。そうして理想の軌道を再現できるように追い求めた。周囲に「魔球」と形容される球は、ここまで合理的に開発されているのだ。

最も大事なのは個々の「感覚」

 テクノロジーがあるから可能になった方法だが、最も大事なのは個々の「感覚」だと高島は話す。

「僕はいろんな選手の感覚を盗む能力があるんですよ。普段のピッチングスタイルを見て、その人がどうしたいのかを考えて、観察し、その人の感覚に入っていく。次に、こちらから『こういうイメージを持てない? この選手が投げているこの球種、お前にも行けるんじゃない?』と具体化していくのがラプソードやハイスピードカメラです。感覚を映像にして具体化し、選手に伝える。それを選手が再現できるか。『今年無理でも、来年できるようになろう』という感じでやっています」

 プロ野球チームのなかにはトラックマンを取り付けたものの、使い方がわからずに「宝の持ち腐れ」となっているケースも少なくない。一方、ラプソードやモータスは個人でも購入可能な値段で売られ、テクノロジーをうまく使いこなして下克上を起こそうとする高校の野球部も出てきた。走り込みや投げ込み、打ち込みなど練習量で上達につなげる「昭和の野球」から、令和の現代は合理性が不可欠になりつつある。

 そうした変化を加速させているのがテクノロジーであり、生かすも殺すも「感覚」だ。

「ただトレーニングをこなすだけでは、球速は上がりません。その選手が感覚的について来られないと、ちんぷんかんぷんになります」

 主体者の選手と、第三者のコーチやトレーナーが感覚を一致させるのは決して簡単ではない。感覚を共有するための対話力と傾聴力、そして人間の身体への理解が重要になる。

 こうした点を突き詰めているのが、平日に50分しか練習していない武田高校だ。決して野球の能力的に優れたわけではない部員たちが入学後に大きく飛躍していく裏には、もちろん合理的な理由がある。

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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