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古賀紗理那が振り返る、春高の記憶
「初戦は緊張して、ガチガチでした(笑)」

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古賀紗理那が振り返る春高バレーの思い出とは?
古賀紗理那が振り返る春高バレーの思い出とは?【赤坂直人/スポーツナビ】

 年内最後の試合が29日に終わり、年明けは休むことなく1月4日からVリーグレギュラーラウンド最終節に臨む。休みは大みそかのみ。残念なのは3年ぶりに春高出場を決めた母校の後輩に直接会って労うことすらできないこと。


「春高に出られない3年間は、周りからのプレッシャーもあっただろうし大変だったと思います。純粋に、OGとしては母校が春高に出るのはうれしいので、試合は見られないけれど応援します。本音を言えば、試合も直接見たいですけどね」


 当時高校1年生だった古賀紗理那が初めて出場したのは2013年の春高だった。


 大型エースが躍動した1年時。そして、全国で勝つことの厳しさを突き付けられた2年、3年時。常に注目され、一時は「嫌だったこともある」と言いつつ、今となっては「それもモチベーションになっていました」。


 古賀紗理那が振り返る、春高の記憶。

1年時からエースとして躍動

1年時の春高前に開催されたユースのアジア選手権ではMVPに選出
1年時の春高前に開催されたユースのアジア選手権ではMVPに選出【写真は共同】

――インターハイ、春高、高校時代に数多くの大会に出場していましたが、古賀選手にとって春高はどんな大会でしたか?

 1年の集大成が春高でした。高校生のバレーボール選手全員は春高を目指して頑張っているし、私も3年間「春高で勝つために頑張ろう」という気持ちでいたので、思い入れが強い大会ですね。


――1年生の春高、勝ち進んで準決勝進出、センターコートでの堂々としたプレーがとても鮮烈で印象的でした。

 1年生の時は、とにかく楽しかったです。春高前にユースのアジア選手権があって、そこで優勝して、私はMVPに選ばれたんです。その結果で春高前から「ユースでMVPを獲った選手が熊本にいる」と言われて、いろいろな取材が多くあったのをよく覚えています。

田中夕子

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など、女子アスリートの著書や、前橋育英高校野球部・荒井直樹監督の『当たり前の積み重ねが本物になる』では構成を担当

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