連載:上原浩治、日の丸への想い

国際試合12勝0敗、無敵を誇った理由 上原浩治、日本代表の思い出Vol.3

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星野監督の熱烈なラブコールによって北京五輪の日本代表に選出された上原さん。国際大会経験豊富なリーダーとしての役割を期待された 【写真:ロイター/アフロ】

 日本代表として最後の舞台となった2008年の北京五輪は、決して万全ではなかった中で2試合にリリーフ登板した。チームとしては準決勝で韓国に苦杯をなめ、3位決定戦でもアメリカに敗れてメダルなしの結果に終わったが、自身は2イニングを無安打無失点に抑えた。その結果、国際試合では通算25試合で12勝0敗2セーブ。日の丸のユニホームを着た上原浩治さんは、一度も負けることなく、最後まで「無敵」を誇った。その理由とは、何か。日の丸の責任、大きな重圧のかかる中でも、上原さんは純粋に野球を楽しんだ。

体の状態が良くない中での北京五輪

――そして2008年の北京五輪では、結果が出なかったと言ったら失礼ですけど、目標は達成できなかった。上原さんは投手キャプテンとして参加していましたが?

 その時は(監督の)星野(仙一)さんに、最初はお断りしたんです。電話がかかってきた時に。「今の状態では無理です」と。はい。2008年のシーズンは自分の中で一番最悪なシーズンだったので……。ぜんぜん成績も出てなく、体の状態も良くなかったので、断ってたんですけど……。

――星野さんはどういうふうに上原さんを説得されたのですか?

「どんだけ周りが、何を言おうともお前を選ぶ」ということを言ってくれたんで……。

――それはピッチングだけではなく、リーダーとして経験を積んできたということを期待して?

 2008年、巨人では先発をやっていたんですけど、北京の時は後ろで使うということを言われていたんで……。でもリリーフには岩瀬(仁紀)さんがいて、(藤川)球児がいて、きちんとした抑えがいたのに、自分をクローザーで使うと言ってくれたので、申し訳ない気持ちと、どうにかせなあかんなという気持ちでしたよね。

――でも、ものすごい緊張感のある試合だったな、と。G.G.(佐藤)さんがちょっと落球したみたいなところもあったりして、緊迫感というのが五輪はあるんだなと思いましたが?

 G.G.もあの落球のおかげでいっぱいテレビに出ていますからね。あれ普通に捕っていたら今、テレビに出てないですよ(笑)。

 その時はかなり落ち込んでいましたけどね。「大丈夫かな」というぐらい落ち込んでいましたから。それが今こうやって、笑い話にできるぐらい回復しているということは、本当に良かったなと思いますよ。

※スポーツナビアプリでは上原さんがなぜ国際試合に強かったに迫るインタビュー動画を掲載しています
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