連載:川内優輝物語 -ゴールなきマラソンマン-

川内優輝物語 -ゴールなきマラソンマン- 第7話 ボストンの奇跡

栗原正夫
アプリ限定
今季、「市民ランナー」から「プロ」へと転向をした川内優輝。マラソンの原点から世界陸上、そしてその先へと続く彼の人生に迫ったノンフィクションストーリー。イラストは川内のバイブルともいえる漫画『マラソンマン』の井上正治が描き下ろし。

※リンク先は外部サイトの場合があります

ボストンマラソン優勝という栄誉

「ユウキッ! ユウキッ!」

 4つあるニュートンヒルズの最後の坂、ハートブレイクヒルの手前に差し掛かると、沿道を埋め尽くした観客から大合唱が沸き起こった。まるで波のように押し寄せてくるその声援は、前を走っていたランナーが驚き、振り返るほど。そんな経験は長いランナー人生の中でも初めてだった――。

【(C)井上正治】

 2019年4月15日、第123回ボストンマラソン。プロ転向後、初のレースとなった川内優輝は、改めてその転向を決める最後のひと押しとなった前年度のボストンマラソン優勝の影響力のすごさを実感していた。

「海外のマラソンで自分のファーストネームが連呼されるなんて思ってもみなかった。しかも、前を走っていた選手が振り返るなんて漫画の1シーンみたいですよね。応援の波ができるって箱根の1区や2区とかならあったのかもしれないですが、6区しか走ったことのない私には初めての経験でした。本当に温かさと敬意を感じました」(川内)

 残念ながら2度目のボストンは、2時間15分29秒の17位と連覇とはならなかった。とはいえ、前年度の優勝に傷がつくわけではない。優勝した翌年にMLBボストン・レッドソックスのホームゲームで始球式を任されたことも、チャンピオンに対するリスペクトの表れだった。それどころか、ボストンマラソンの優勝者という栄誉は生涯に渡り誇れると言ってもいい。
  • 前へ
  • 1
  • 2
  • 次へ

1/2ページ

著者プロフィール

1974年生まれ。大学卒業後、映像、ITメディアでスポーツにかかわり、フリーランスに。サッカーほか、国内外問わずスポーツ関連のインタビューやレポート記事を週刊誌、スポーツ誌、WEBなどに寄稿。サッカーW杯は98年から、欧州選手権は2000年から、夏季五輪は04年から、すべて現地観戦、取材。これまでに約60カ国を取材で訪問している

新着記事

編集部ピックアップ

【速報】サッカーU-23日本代表、U-2…

フットボールチャンネル

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント