サモア代表にいわきFCが協力した理由 「三方良し」のラグビーW杯事前キャンプ

宇都宮徹壱

いわき市とサモア代表をつなぐ3つのキーワード

ファンサービスをするサモアの選手。参加者もフレンドリーな彼らの態度に感動した様子 【宇都宮徹壱】

 わずか数時間の取材であったが、今回のいわきキャンプはかなり成功した部類に入ると確信した。サモア代表の関係者は「いわきの施設とホスピタリティは素晴らしい」と絶賛していたし、一方のいわき市も一国のナショナルチームを受け入れた実績が、大きな自信と宣伝効果をもたらすことになった。それにしてもなぜ、いわき市とサモアはつながったのだろうか。

 キーワードは3つ。フラダンスで有名な、スパリゾートハワイアンズ。2015年と18年にいわき市で開催された、太平洋・島サミット(日本・太平洋諸島フォーラム首脳会議)。そして11年の東日本大震災での津波被害である。詳しくは事前キャンプの現場で陣頭指揮を執っていた、いわき市のオリパラ担当主任主査、大津興一さんに解説をお願いすることにしよう。

「スパリゾートハワイアンズでは、実はサモアのファイヤーナイフダンスを30年くらいやっているんですよ。それが縁で、運営する常磐興産株式会社が在福島サモア独立国名誉領事館の承認を受けています。それと15年の島サミットで、清水(敏男)市長がサモアのトゥイラエパ首相とお話する機会があったのですが、首相はラグビー協会の会長でもあったんです。いわきがラグビーどころであること、そしてサモアも09年の地震で津波被害があったこと。いろいろと共通する話題もあり、今回の話につながっていきました」

 実際のキャンプ誘致は、サモアがW杯予選を突破した昨年7月からスタートした。市長が現地に赴き、あらためてトゥイラエパ首相にオファーする際、セールスポイントとなったのがいわきFCの施設。アンダーアーマーの日本総代理店、株式会社ドームが多額の資金を投下して作られた人工芝のピッチとトレーニングルームは、本国サモアではまず望めないグレードのものである。サモア側は2回視察に訪れたが、施設に関してはパーフェクト。天然芝での練習は近隣のいわきグリーンフィールドを使用し、クールダウンのためのプールはハワイアンズが提供することとなった。

 それにしても大津さん、隨分と疲労困憊の様子。何が大変だったかと聞くと「打ち合わせどおりにいかなかったこと」。練習時間が急に変更になったり、必要ないと言われていたゴールポストが必要になったり、そのたびにてんてこ舞いだったという。その代わり「彼らはアドリブと帳尻合わせがうまい」とも。聞けば交流会でのタックルのデモンストレーションも、そして最後の感謝の合唱も、当初の予定にはなかったアドリブだったそうだ。「大変でしたけれど、あれでハッピーな気分になりましたね」と大津さんは苦笑する。

サモア代表に影響を受けるいわきFCの選手たち

いわきFCの日高選手(左)と前田選手。サモア代表を身近で見て学ぶところが多かったと語る 【宇都宮徹壱】

 今回のサモアの事前キャンプに関して、行政とは別に確認したかったのが、施設を提供したいわきFCの思惑である。市との付き合いがあるとはいえ、今はシーズンの真っ最中。サモア代表のスケジュールを優先して、折れる場面も当然あったはず。そうしたものを補って余りあるメリットを感じていたのは間違いない。最初に話を聞いたのは、株式会社いわきスポーツクラブの代表取締役で、いわきFC総監督の大倉智さんである。

「もともと施設のマネタイズということで、東京大や法政大のアメフト部の合宿に使ってもらったこともあったんです。人工芝ですから、サッカーだけでなく、グラウンドホッケーとかソフトボールとかも対応できます。ラグビーは今回が初めてでしたが、W杯に出場するナショナルチームですから、われわれとしては絶好のアピールチャンスですよ。あともうひとつ、ウチの選手たちにもいい影響があると考えていました。競技は違えども、本物のアスリートを間近で見られるわけですから」

 では、当の選手はどう感じていたのだろう。話を聞いたのは、共に加入1年目の日高大(前所属Honda FC)と前田尚輝(同湘南ベルマーレ)の両選手。それぞれに、サモア代表の印象について語ってもらった。

「まずびっくりしたのが、ストレングス(トレーニング)。プレート(重り)が僕らの2倍は必要だから、足りなくなるんですよね(笑)。僕らもストレングスを頑張っていますけれど、あのガタイは半端ないと思いましたよ! それでいて、普段の態度はものすごくジェントルマンなんですよね。純粋にかっこよく感じられました」(日高)

「サモアの選手とは、ここ(いわきFCパーク)でもよく顔を合わせるのですが、向こうから手を振って挨拶してくれるんですよね。交流会のときには日本語で声をかけてくれましたし。W杯に出場するような選手が、相手のことをきちんと考えてくれる姿を見ていると、僕らも見習わないといけないなって思いました」(前田)

 サモア代表、行政、そしてクラブ。終わってみれば、まさに「三方良し」である。そして、いわき市民といわきFCの関係者は、サモア代表に強いシンパシーを感じることとなった。9月24日に熊谷で行われるロシア戦には、いわきから応援バスツアーが出るとのこと。実は今回、取材した関係者全員に「日本対サモアはどちらを応援しますか?」と聞いている。判を押したように「どちらもベストを尽くしてくれれば」という答えが返ってきた。しかし本音はどうだったのか、いささかの疑念を挟みたくもなる。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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