周到な戦術プランが30分持たない…「適応能力」がもたらした異次元のCL

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リバプールの優勝で幕を閉じたCLの戦術トレンドに迫る 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

 今までの常識では考えられない「世紀の大逆転劇」が続出した今季のチャンピオンズリーグ(CL)。その背景にあるものは何なのか――奈良クラブGMの林舞輝が欧州最高峰の舞台の戦術トレンドに迫る。

「世紀の大逆転劇」が相次いだ今季のCL

アトレティコ・マドリーを逆転で下したユベントスなど、今季はドラマチックな試合が続いた 【写真:Maurizio Borsari/アフロ】

 リバプールの優勝で幕を閉じた2018−19シーズンのCL。こんなにもドラマチックな試合が続いた年は、長いCLの歴史でも唯一なのではないだろうか。毎シーズン1回あるかないかの「世紀の大逆転劇」が何度も見られた。ベスト16からポルト(ローマ相手に1−2から3−1の逆転)、マンチェスター・ユナイテッド(パリSG相手に0−2から3−1の逆転)、アヤックス(レアル・マドリー相手に1−2から4−1の逆転)、ユベントス(アトレティコ・マドリー相手に0−2から3−0の逆転)。準決勝では、リバプールがバルセロナ相手に0−3から4−0の大逆転劇を演出。そして、アヤックスと対戦したトッテナムもホームでの初戦を0−1で落とし、アウェーの第2レグの前半で0−2(計0−3)にされながらも、後半で一気に3点返しアウェーゴールで上回る。両試合ともCLの歴史に残る大逆転劇となった。

 一般的に先にリードした方が圧倒的に優位に立つと言われているサッカーというゲームにおいて、これは注目すべき現象だろう。「どれだけ差が開いていようと逆転の可能性がある」というのは、それだけこのCLがレベル差のない非常に競争力の高い大会であるということの象徴でもある。フィジカル面、戦術面、技術面、すべてにおいてほとんど差はなく、毎試合、非常に小さなディテールが勝負を分けてきた(それはもはや「運」とも呼べるものかもしれない)。誰もが忘れているだろうが、決勝に残った2チームは実は、両方とも紙一重の差でグループステージで脱落しかけている。リバプールはナポリと、トッテナムはインテルと勝ち点と得失点差の両方で並んでの2位だ。これ以上ないギリギリのギリギリの2位抜けで、何とか決勝ラウンド進出を決めている。

「素で強い」アヤックスの大躍進

ベスト4に躍進したアヤックス。個のレベルの高さが光った 【写真:ロイター/アフロ】

 今季のCLを語る上で、アヤックス旋風は欠かせないだろう。年齢から言えば大学生の選手たちがバイエルン、レアル・マドリー、ユベントスといったメガクラブと互角に渡り合い、準決勝でも終始トッテナムを上回るパフォーマンスで、アディショナルタイムを含めた190分のうちの189分30秒まで決勝の地マドリッドへのチケットを手の中に握っていた。

 このアヤックスは、いわゆる「アヤックス」のイメージとはまったく違った。アヤックスと言えば、攻撃的で創造的、常にボールを保持し主導権を握り、いわゆる「美しいサッカー」がかつての代名詞であった。だが、今季のアヤックスはスタイルや機能美の以前に、まずそもそも、「素で強い」のだ。CLを見た方々は驚いただろうが、大学生そこそこの年齢の選手が主力のチーム(それもほとんどがアカデミー上がりである)が、巨額の資金をふんだんに使って世界中から選手を集めた銀河系軍団より、個の能力で普通に上回っていた。単純なボールの扱いからセカンドボールへの予測と反応の速さ、プレー判断の速さ、そしてゲームの流れを読み勝負どころをしっかり抑えてくる理知的な部分まで、個のレベルで勝っていたのだ。

「素で強い」ことの最も大きな理由は、「プラン・クライフ」と呼ばれるアヤックスの育成プロジェクトだろう。ヨハン・クライフがアヤックスに戻って以降、アヤックスのアカデミーはゲームモデルやクラブのスタイルといったチームを中心とした育成方針から、選手一人ひとりの個の育成へと大きく変革した。その結果が、20歳前後のアカデミー出身選手がCLという世界最高の舞台で物怖じすることなくメガクラブと対等に渡り合うことができた今回のアヤックスである。あのバルセロナ黄金期に、日本も含め世界中の多くのクラブが、バルサのカンテラ出身の無名の選手たちがティエリ・アンリやトゥーレ・ヤヤといった新加入のビッグネームたちをベンチに追いやっている姿に憧れ、「バルサに続け」と無謀な一貫教育や見せかけの薄っぺらい「クラブ哲学」の浸透に力を入れていた時に、「とにもかくにも個人の能力を伸ばす」という方針に舵を切ったアヤックス・アカデミーとクライフの先見の明には、舌を巻くしかない。

 そのとにかく「素で強い」アヤックスなので、戦術的には特に何か革命的なことや真新しいことをしていたわけではなかった。伝統的な「4−3−3」のシステムが基本で、センターバックを1列前に出す「3−4−3」も選択肢としてあった。「4−3−3」の中央の3枚は相手に合わせて配置転換し相手の中盤とマッチアップさせ、「4−2−1−3」と「4−1−2−3」の両方を器用に使いこなす。攻撃は配置で優位に立ちながら、自分たちはあまり動かずボールを動かすことで相手を動かす「ポジショナルプレー」を基本としつつ、セカンドボールやデュエル戦法など泥臭い戦いにも滅法(めっぽう)強かった。単に若い選手が多いからか、それとも個の育成のたまものか、レアル・マドリー戦のように、ロングボールの応酬からの仁義なきセカンドボールの奪い合い、トランジションとデュエルと運動量とその場の勢いがすべてという、伝統的なアヤックスからは考えられないような試合、分かりやすく表現すれば(悪い意味で)イングランド2部リーグでよく見るような試合でも、普通に勝ち試合に持っていっていた。

 ただ、アヤックスの最も特筆すべき点は、個人個人の適応能力がずば抜けていたことだろう(これは後にも述べるが、CLの上位に入った多くのチームもアヤックスほどではないが同じことが言える)。相手のハイプレス戦術に合わせたビルドアップのポジション取りや、相手の思わぬシステム変更や戦術変更に対する応急処置、スコアが動いた直後の試合運びなど、本来なら監督がいちいち指示を出さなければいけないレベルの修正が、ピッチの中でかなりのスピードと精度でできていた。前述の通り、アヤックスは相手の配置に合わせてマンツーマンでプレスをかけるのだが、この噛み合わせをどこかでミスしたり後手に回ることもほとんどなかった。どこの誰がどんなシステムで来ようと、当たり前のように問題なく完璧に噛み合わせてくる。育成年代から「相手がこういう場合には自分たちはこうやって噛み合わせる」という戦術的な訓練を重ねてきているので、このような戦術的適応力が育まれるのも当然のことなのかもしれない。

 いくら育成に定評があるアヤックスとはいえ、おそらく、もうこのレベルのアヤックスを見られることはしばらくないだろう。フレンキー・デ・ヨンクはバルセロナ移籍が確定、キャプテンのマタイス・デ・リフト含め他の主力選手もいつどこに引き抜かれてもおかしくない状況だ。育成型クラブの宿命ではあるが、一瞬で咲き誇ったかと思えば、また一瞬で散っていってしまう。だが、桜のようなこの一瞬のはかなさこそが、世界の人々を魅力するアヤックスの真の美しさであるのかもしれない。

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