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Bリーグ2連覇の裏にあった名伯楽の葛藤
日本バスケ進化の鍵は現場の頭脳にあり

「一番大事なとき」を見据えたチーム作り

ルカHCは日々のリーグ戦を戦いながら「最後」を見据えたチーム作りを行った
ルカHCは日々のリーグ戦を戦いながら「最後」を見据えたチーム作りを行った【大島和人】

 ルカHCを助けたのが2月10日から3月2日まで空いた、インターバル期間だった。日本代表はイラン、カタールで行われるワールドカップ(W杯)2次予選に向けた合宿を組み、リーグ戦は3週間のブレークに入った。


 名伯楽は振り返る。

「チーム全体がそろったのは、代表チームが最後のウィンドウを終えて帰ってきてからだ。2月末に全員が帰ってきて、休養も取って、しっかりと準備をして最後の後半戦に備えられた」


 2月24日のカタール戦で代表の活動には一つの区切りがつき、「週中の短期合宿」もなくなった。このタイミングでルカHCは日々のリーグ戦を戦いながら「最後」を見据えたチーム作りを開始した。


「2カ月後のCSから逆算して、ピークに持っていく。最終確認ということで、その時期がわれわれにとってポイントになったと思う。一番大事なときに、一番高いレベルでプレーできるような取り組みをした」

「代表の成長を見て喜ばしい」

かつて代表監督の経験があるルカHCは、難しいシーズンを送った田中(右)ら代表選手をたたえた
かつて代表監督の経験があるルカHCは、難しいシーズンを送った田中(右)ら代表選手をたたえた【(C)B.LEAGUE】

 A東京のチーム作りを難しくした日本代表の活動だが、W杯出場という形で実った。そもそもルカHCは代表を躍進に導いた立役者のひとりだ。彼は2016年11月、日本バスケットボール協会の技術委員会アドバイザーに就任し、フリオ・ラマス現HCが就任するまで約7カ月に渡って代表チームのベース作りを担っていた。


 彼は今の代表チームをこう見ている。


「3年間をかけてナショナルチームを作ったが、今がベストのロスターだと思う。海外組の八村塁と渡邊雄太がいて、ニック・ファジーカスの帰化もあった。ただこの3名だけでなく、日本国内で育ち築かれた土台の部分が成長している。ガードラインで言えば富樫勇樹や篠山竜青、田中大貴、馬場雄大、比江島慎…。安藤誓哉も入るかもしれない。そういうコアな選手たちが育っていて、それをベースにチームを作っていける。自分もスタートアップに関わっていたので、チームの成長を見て喜ばしい」


 A東京の中では竹内、田中、馬場が代表チームの主力選手。3人は間違いなくクラブの連覇、W杯出場という成果を残す立役者だ。


 ルカHCは3人の献身をこう称える。


「3名の成長は間違いないし、ナショナルチームにも反映されている。しかし今の状況は彼らにとって難しいものだ。2つのチームに所属して、違うシステムによる混乱もあるだろう。よく我慢して、集中して両チームに貢献してくれている。八村と渡邊は米国にいて、一つのプログラムに集中できるし、(代表活動は)試合だけ来ている。われわれの選手は日々の代表合宿もあり、代表チームとアルバルクを頻繁に往復している。そこは差が出ると思う。ただ両方のチームにおける素晴らしい仕事、成功を見届けられたことは本当にうれしい。献身的な努力が実った」


 彼とクラブの契約は2020−21シーズンまである。来季について尋ねると、コメントが再び厳しい内容に戻った。


「今年と来年のCSは、別のものとして見るべきだ。このタイトルは千葉や栃木(ブレックス)、川崎(ブレイブサンダース)、(シーホース)三河、琉球に対してもオープンだ。過去の結果は白紙にして、チャレンジャーの気持ちで戦っていく姿勢が大事になる」


 ルカHCに勝者のおごり、緩みはない。戦いを終えて2週間後が過ぎても、今も緊張感は絶やしておらず、次なる戦いに向けた「臨戦態勢」を維持している。そこを強く感じた名将のインタビューだった。

大島和人
大島和人

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都町田市に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、バレーなどの現場にも小まめに足を運び、試合観戦数は毎年300試合を超える。日本を実はサッカーだけでなくバスケ強国であるスペイン、バレー王国・ブラジルのような球技大国にすることが一生の夢で、“球技ライター”を自称している。

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