連載:イチロー取材記 駆け抜けた19年

“イチロー語録”から哲学を読み解く 何を語ってきたのか

丹羽政善

誰もやってないことに挑戦する

イチローのキャリアは挑戦の連続だ。2つの選択肢があれば未知の道を選ぶ 【Getty Images】

キーワード:成長

 その結果、自分は選手としてどう成長しているのか。

「自分は野球選手として、人間として成熟できてるかどうか、前に進んでいるのかどうか、ってことはいまだに分からないんですよね。そうでありたいということを信じてやり続けることしかできない。実は、今までは自分が成長しているとか、前に進んだってことを明確に感じることはできていないんですよね。それがこれからも続いていくんでしょうけど、どこかの時点で野球とはこういうものだ、打つこととはこういうことだ、生きるということはこういうことだとか、そういったことが少しでも見えたらいいなとは思いますけども、現時点では皆さんの前で発表できることはないです」

 ところで、記録を達成するたびに、どんな満足感や達成感があるのか。そこにもイチロー独特の価値観があった。

「僕、満足いっぱいしてますから。今日だってものすごい満足しているし、それを重ねないと僕はダメだと思うんですよね。満足したらそれで終わりだと言いますが、とても弱い人の発想ですよね。僕は満足を重ねないと次が生まれないと思っているので、ものすごいちっちゃいことでも満足するし、達成感も時には感じるし、それを感じることによって、次が生まれてくるんですよね。意図的にこんなことで満足しちゃいけない、まだまだだと言い聞かせている人は、しんどいですよ、じゃ、何を目標にしたらいいのですか、うれしかったら喜べばいいんですよ。というのが僕の考え方ですけどね」

 これは、日米通算4000安打のときの言葉だが、メジャーリーグ通算3000安打を達成した日にも、まだまだこれから……という問いかけに、それを否定した。

「達成感って感じてしまうと、前に進めないんですか? そこがそもそも僕には疑問ですけど、達成感とか満足感は、僕は味わえば味わうほど前に進めると思っているので、小さなことでも満足感、満足することはすごく大事なことだと思うんですよね。だから、僕は今日のこの瞬間、とても満足ですし、それを味わうとまた次へのやる気、モチベーションが生まれてくると、これまでの経験上、信じているので、これからもそうでありたいと思っています」

キーワード:挑戦

 2012年7月23日、イチローはキャリアの転換期を迎えた。ヤンキースへのトレード。試合後、権利としてトレードを拒否することもできたが、という問いに、こんな言葉を残している。

「前向きな要素、前向きな挑戦が必要だし、それにトライしてみたいという思いが芽生えたということですね、考えていく中で。いろんなことを考える中でネガティブなことも考えましたし、それが、ノーと言うとネガティブな挑戦がそこに待っている、たくさん。ただ、イエスと言えば、すごく前向きな挑戦が待っている、という2つの道があったんですけど、そのどっちを取るかっていうのは、そんなに迷いはないでしょう」

 2つの選択肢がある。そのときイチローは、未知の道を選ぶ。今年のキャンプ初日にした話も、示唆に富んだ。

「誰もやってきてないことに挑戦するということを、僕はいくつか結果としても残してきたことではある。誰かがやったことがあることよりは、誰もやったことがないことの方が飛び込んでいくという選択になる。それは常々してきたつもりだし、今回(ブランクがありながらの復帰)もそのひとつ。ユニークだし特殊ではあるものの、そのひとつとして考えてます」

 そういう中でひとつの覚悟があった。

「いつも、期待を裏切りたいという気持ちはあります。安易な責任のない意見かな、そういうものを裏切りたいと思っています」

目的になったら絶対達成できない

キーワード:チーム

 少し話が変わるが、チームの実力をどう俯瞰するか、という話も面白い。2010年開幕前日、チームの守備力に関して評価が高い、という流れからこう論じた。

「野球は守備力ですからね。計算できるのはそこですから。それがあるチームとないチームっていうのは、もう、野球っていうゲームの組み立てが全然変わってきますから。それができるチームである可能性がある、ということでしょうね。それはそう思いますけど」

 が、だからといって勝てるわけではない。長く低迷するチームが浮上する難しさを実感していた。

「新しいチームもそうだし、実績のないチームっていうのは、ある程度、結果が大事になるでしょうね。それによってでき上がるものっていうのが、大きいと思います。特にこっちの野球では。実績のあるチームっていうのは、4月、5月の結果に左右されることなく自信を持っていられますから。4月の結果というのは、大きく――まあ小さくはないですけど。それほど自信が揺らぐほどのものにはならない可能性はありますけど。僕らはそうではないですから。ある程度、結果が必要になるでしょうね」

 2011年のキャンプ初日には、「力を見極めるのに4月いっぱいはかかる」という話もしている。

「過去の経験からですよ。春――3月いっぱいのキャンプでいろんなものを見極めたいと思うことは仕方がないことだし、それで判断できたと思いたい気持ちも何となく理解できるものの、それはすごく危険だということを知っといた方がいいなというのが、この何年かの経験ですよね。ただ、そこに目がいくようになったのは、最初とは違う。2001年の最初のキャンプではそんなこと思えなかったし、自分のことなんて関係なかったですからね。自分がやらなきゃという世界だから、とにかく僕がやるために、という思いだけでいましたからね、その結果、116勝しちゃうわけだから、皮肉なもんですよね。MVPもいただいちゃってね。もっとも自分勝手にやった年にMVPも――。おかしなもんだけど、そういうこともあるんだね」

 では、苦しむチームはどうすべきか。2008年、開幕から苦しい戦いが続くと、5月初めに意識の持ち方を語っている。

「視野を広くしようとすると、余裕がないから、空回りしたりすることが常ですから。こういう状況のときは。狭くすると言ったら言い方が悪いけど、フォーカスするところをちょっと絞っていかなければいけない」

キーワード:野球の力

 2012年に東京で行われた開幕戦について話を聞いたときも、事の本質に触れた気がした。あのとき、メジャーリーグは東日本大震災の復興を目的のひとつに掲げたが、イチローはこう言ったのだった。

「それを目的にはできないですから。基本的な考え方として、人の心を動かすとかね、よく勇気を与えるとか、感動を与えるとか、よくあるフレーズなんですけど、無理なんです、目的となったら。そんなの与えられるわけがない。なるとしたら、結果としてそうなるだけなんですよ。目的となっている人が、その目的を絶対達成できないですよ。だから僕は、そんな思いは持てないですね」

 では、野球の持つ力が何を示せるのか? そんな問いにもこう答えている。

「示そうとすることも、それに値するんです。示そうとすることが、示されることはないです。結局、受け手側がどう感じるかの問題ですから。受け手側が何かを感じたとしたら、そうなるし、結果的にそうなったと言えるだろうし、ただ、やる側がそれを目的としてやって、受け手側にそれが伝わることなんて、ないじゃないですか。無理なんですよ」

 押し付けになってしまうのではないか。では、何ができるのか。

「その価値観を持ってやることじゃないですか。そんなものは達成できないということを知りながらしか、プレーできないということですね」

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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