栃木ブレックスのエース比江島慎は、亡き母との約束をかなえるため兄と歩む
母は厳しくも、周囲に気配りができる人
母子家庭で育った比江島。周囲に気配りできるのは、昨年亡くなった母親譲りだという 【佐野美樹】
「憧れ……だったかな(笑)。休みの日とかはしょっちゅう一緒にバスケをしに行っていましたし、兄とやっているときはすごく負けず嫌いでしたね」
小学生の頃は一緒に過ごす時間が多かった。『プレイステーション』を買ってもらったときはふたりともゲームにはまり、『ウイニングイレブン』や『大乱闘スマッシュブラザーズ』に興じた。
「ゲームで遊んでいても、兄ちゃんにはボコボコにやられていましたね。だから怖かったですよ。原因? よくあるじゃないですか、『慎、リモコン取れや』みたいな。僕が『いや、自分で取れや。バーカ』と言うとボコボコにされて……。うちは母子家庭だったので、家にふたりで留守番。僕はしょっちゅう泣いてはお母さんに『お兄ちゃんがいじめるー』と電話をかけていました」
兄弟でよくある光景だ。
「お母さんはめちゃめちゃ厳しかったですよ。お手伝いをしないと、ご飯を食べさせてくれないんです。皿洗いに掃除、洗濯、それに買い物も。お母さんは仕事が大変で、家に帰って来たらもう疲れていたので、ご飯以外は僕らがやっていました。気づいたら、兄ちゃんと交代で当番を決めてやっていました」
母の淳子さんは、子どもから見ても周囲への気配りがよくできる女性だった。その姿は比江島の目にこのように映った。
「とにかく何でも人のためにやっていました。人のためならもう、自分を削ってでも……」
自分のことは二の次、三の次。
「僕もそういう性格です。周りのことはよく気がついて、何でもすぐにやる。自分のことはやらないんですけど(笑)」