青森山田のバスケス・バイロンが抱く夢
いわきFCから目指す欧州クラブとチリ代表

小学3年時に日本へ、独自のスタイルを確立

青森山田の右サイドハーフ、バスケス・バイロン(11番)のプレーは一度見たら忘れられない
青森山田の右サイドハーフ、バスケス・バイロン(11番)のプレーは一度見たら忘れられない【写真は共同】

 緩急を使ったドリブル、小気味良いショートパス、懐の深いボールキープ、巧みに腕を使ったブロック――。青森山田(青森)の右サイドハーフ、バスケス・バイロンのプレーは一度見たら忘れられない。2日に行われた第97回高校サッカー選手権、2回戦の草津東(滋賀)戦では1ゴール2アシストを記録。翌3日の3回戦でもスタメン出場を果たし、準々決勝進出に貢献した。


 祖国のチリでは、遊びでサッカーをしていたという。小学校3年生の時に日本に来て、4年生で少年団に入った。さぞかしチリのストリートで鍛えた技はすごかったのだろうと思いきや、バスケスは「いや、全然。自分よりうまい人がいっぱいいました」と昔を振り返った。ついさっきまでバスケスの妙技を堪能していた私にとって、その言葉が意外に思えた。


「当時の自分は、スピードがあって、背が高くて、左利きのパワー系の選手だったんです。身長は166センチだったんですが、今もあまり伸びていません(現在は175センチ)。中学校(所属は東松山ペレーニアFC)に上がって、3年生の試合に出るようになったときに、『これから自分はどのようなことをやっていかなければいけないか』と考えて、ドリブルの練習をいっぱいしました。(中学生では)スピードがずば抜けていない分、テクニックや緩急で勝負していこうと思いました。プレースタイルは、かなり変わりました」


 家の前にある大きな公園で、暇さえあれば一人で練習していたと話す。その際、ネイマールやリオネル・メッシの真似をするのではなく、イメージしながら、あくまで「自分は自分」と独自のスタイルを仕上げていった。


 強豪高校のみならず、Jリーグのユースチームからもスカウトが来たのだという。しかし、自身の目で青森山田の環境を見て、「全国トップレベルの実力があることから、ここなら一番自分が成長できる」と確信し、進学を決めた。

個性派ぞろいの青森山田で磨いたフィジカル

 この1年、バスケスが磨いてきたのはフィジカルだ。


「今年1年間、全身の筋トレをしてきました。体の強さには自信があります。スピードがない分、体や手を使ったりして、少しゆっくりしたところから急にスピードを上げたり、緩急を使ったフェイントを使いながら、常にプレーしようと思っています」


 キャプテンマークを巻くGK飯田雅浩、北海道コンサドーレ札幌入りを決めているMF檀崎竜孔、ポテンシャルが高く、アビスパ福岡への加入が決まったセンターバックの三國ケネディエブスなど、青森山田は個性派ぞろいのチームだ。2回戦の草津東戦では、奪った6ゴールを異なる6人が決めたというのも、個々の能力の高さの現れかもしれない。そんな今季の青森山田を、黒田剛監督はこう語る。


「個性、人間的なパワーのある子たちです。それがかみ合えばいいんでしょうけれど、かみ合わないと、とことん乱れることもある。そういうリスクを背負いながら、勝利へのレールに乗せています。形勢不利な状況になったときに、キチンと平常心を保てるか心配ですが、人間的なパワーを持っていることに関しては、2016年に優勝したときのチームとよく似ています」


 その言葉を、黒田監督は選手たちにも投げかけている。バスケスは言う。


「監督からは『性格、パワーが(2年前に全国制覇したチームと)似ている。(今のチームに)何が足りないかというと、継続することと規律のなさ。誰か1人が違うことをやりだしたら(チーム全体が)狂ったりする。逆にみんなが集結したら、とんでもないパワーが出て、日本一になる力がある』とよく言われています」


 だからこそ、自分がヒーローになるという思いは捨てて、チームの勝利のために頑張ろうという思いが、今のバスケスにはある。

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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