A東京が「あえて」明かす内部事情と方針 大改革の末、Bリーグをけん引する存在へ
昨季王者になったからこその情報発信
A東京の恋塚唯GMクラブの改革内容を明かしてくれた 【大島和人】
躍進の理由は、多くがわれわれの目が届いていなかった取り組みだ。特にチーム内のコミュニケーション、環境整備といった側面は今まであまり発信されてこなかった。しかし今回の取材ではA東京の恋塚唯ゼネラルマネージャー(GM)が、クラブの改革についてかなり深くまで語っている。
彼は取材に応じた理由をこう説明する。
「アルバルクはプロのチームとしてBリーグでスタートしましたが、プロとしてどういうビジョンを持ち、どう在りたいかということをあまり明確に(外部へ)伝えていなかった。クラブの中ではそれを共有できていて、それが昨シーズンの結果にもつながっていると思う。そろそろ外にも発信する時期かなと考えました」
現場を支える体制が不十分だった1年目
A東京(黒)はリーグの先頭に立つビッグクラブという前評判を得て、16年のBリーグ開幕戦を戦った 【(C)B.LEAGUE】
2代目のGMとなった恋塚はこう振り返る。
「もともとアルバルクは企業チームで、福利厚生の一環として運営されていました。Bリーグの立ち上げによりプロ化しましたが、GMは総務部長が兼務をしていた。総務なので契約の最後でサインはするけれど、交渉をやっていたわけではない。現場におけるGMは不在の状態でした」
トヨタ自動車のバスケ部時代に、チームを管轄していたのは東京総務部だった。プロ化後もその流れが続き、チームの初代GMはクラブの総務部長が兼務していた。
恋塚はバスケの競技経験を持たず、トヨタの社歴もない。プロモーションの専門家としてJリーグ・川崎フロンターレに10年近く務めたスポーツビジネスの専門家だ。14年からバスケ界に転じ、Bリーグに合流するまでNBLの「最後の事務局長」も務めていた。その後、A東京の立ち上げに関わり、Bリーグの初年度はクラブの事業部長として主にオフコートの仕掛けを担っていた。
現場を支える体制が不十分な中で、16−17シーズンに1人で多くを背負っていたのが当時の伊藤拓摩HCだ。
「企業色が抜けないまま来てしまって、伊藤HCが担わないといけない負荷、しがらみがありました。そこを一回取り払ってあげる必要があった。彼はバイリンガルで、アシスタントコーチをやっていたから選手のことにもよく目がいく。そうしたら外国籍選手のケアをすることになるし、プライベートにも気を配りたくなる。能力が高いから、そこに気が付いてしまう。でもHC以外の業務が多すぎたと思う」(恋塚)
選手の査定、外国籍選手の調査や交渉といった業務も伊藤が担っていた。そこは野球やサッカーならばGMが担うべき仕事だ。
16−17シーズン後に伊藤はHCから降りたが、その後もA東京との契約は継続している。17−18シーズンには日本代表のコーチとしてフリオ・ラマスHCを支え、17年夏にはNBA・Gリーグのチームのサマーキャンプにも帯同している。いずれもA東京からの派遣という形態だ。
改革のきっかけとなったトラブル
「あれは(解雇を)即断しているじゃないですか。急に僕が入ったわけではないんです。ギレンウォーターの件もその前から少し兆候が出始めていて、他にもチームが成熟していく上でいろいろな問題が発生していた。それは選手とコーチ陣のコミュニケーションだったり、企業リーグからプロリーグに変わった転換期でスタッフも含めたみんなが持つ違和感だったり……。そこをぬぐい取る作業をするために、僕がGMになりました」(恋塚)
選手の査定、選手獲得の交渉などの権限はGMに集約された。制度や環境の整備についても、恋塚が中心になって進めることになった。
「まずは風通しを良くすることでした。そうでないと密室でことが進んでいると選手は感じるし、閉塞感が生まれる。できるだけオープンな情報共有と、役割の明確化が大切です」(恋塚)
環境整備の具体例を恋塚はこう説明する。
「選手たちは洗濯も自分でやっていましたし、試合へ行くのにラッシュの中で電車に乗っていたんです。トロイやディアンテ(・ギャレット)からすると、なぜこんなストレスを受けないといけないんだ? という感覚になる。代々木や東京駅に行くまでラッシュの電車に乗るようなことは、止めましょうと決めました」
自力の移動は選手のストレス、消耗につながるし、安全上の問題もある。プロ野球やJリーグならば集合場所からターミナル駅(近場なら遠征先)まで大型バスで移動する。バスケは1チームの人数が少なく、居住地のバラつきもあったため、バスの活用は効率が悪い。恋塚はジャンボタクシーに近所の選手同士が乗り合うプランを考え、旅行代理店と調整の上で導入した。
遠征先の試合後も選手が自分で洗濯していたユニホームの管理は、スタッフが担当する体制に変えた。また練習場にケータリングを導入し、栄養価の高い食事を摂れる環境も整えた。それまでは近隣の飲食店に、選手がそれぞれ昼食や夕食を食べに行っていた。いまだに冷暖房のない体育館で練習しているチームがあることを考えれば、A東京は恵まれているのだが、それでも改善するべき部分は多かった。
Jクラブの職員として「プロの在り方」を知っていた恋塚は、バスケ界でもプロとしての体制整備を実践した。昨季の結果を考えれば、それぞれに投じた金額を考えてもリーズナブルな投資だった。