ウィルチェアーラグビー日本が初の世界一 快挙支えた外国人HCのマネジメント力

瀬長あすか

日本、充実の“ラインナップ”で世界一に

決勝では、リオパラリンピック金メダルのオーストラリアに競り勝った 【写真は共同】

「オージー! オージー!」

 決勝の舞台はオーストラリアコールに沸いていた。完全アウェー。現地時間16時に始まった試合は、バットの激しいプレッシャーにより、オーストラリア優位の展開で試合が進んだ。オアーHCは流れを変えようと早い段階で動いた。

 守備力や持ち点(※編集部注)で、チームの攻撃に貢献する女性プレーヤー倉橋香衣、(障がいの重さが中程度の)ミッドポインターでバイスキャプテンの羽賀理之を投入。エース池崎を休ませながらも、それぞれが懸命に車いすを漕いでオーストラリアに立ち向かっていく。第2ピリオド、前日の準決勝でイギリスと接戦を演じたオーストラリア選手たちに疲れが見え始める。コート上で最も障がいの重い倉橋が、最も状態のいいバットに車いすごとタックルし、相手のミスを誘うプレーで日本が応戦。破壊力のあるオーストラリアの最強ラインナップ(選手の組み合わせ)をベンチに下げさせ、逆に日本は池崎、池、島川という3人のハイポインターをローテーションさせてコートに送る。それによって、スピードを落とさず、速いトランジションを生かした自分たちの持ち味を発揮し続け、日本はリードを奪い返した。
 ディフェンスでも、パワーのあるローポインター(障がいが重い、持ち点が低い選手)乗松聖矢が気迫の走りで相手選手の体力を削っていき、またキャプテンの池は、誰かがボールを奪われても奪い返すプレーで“あきらめない姿勢”をチームに示し続けた。

 しかし、王者も黙ってはいない。日本1点リードで迎えた最終ピリオド、ホームの声援を受けて力を振り絞り、スチールを奪って流れを変え、試合をひっくり返したのだ。だが、銅メダルを手にしたリオ以降、さらなる高みに上るためにラインナップの充実を図ってきた日本には強力なラインが複数あり、オーストラリアにはそれが不足していた。再び牙をむいた日本は総合力でオーストラリアに勝り62−61で勝利。史上初の世界一に輝くという、歓喜の瞬間が訪れた。

※編集部注:ウィルチェアーラグビーは、障害の程度によって選手に持ち点があり、コート上の4人の持ち点の合計が8.0点以内になるようにしなければならない。倉橋の持ち点は障がいが重い選手の0.5点。さらに女性選手が加わると、チーム全体の持ち点の合計が8.5点以内まで可能となる。そのため、倉橋がメンバーに入ることで、得点源となる障がいが軽く持ち点が高い選手を、メンバーに入れやすくなる。

オアーHC「すべての人たちがあっての成功」

日本代表のケビン・オアーHC。選手たちに自信を植え付けた。写真は2018年5月、ジャパンパラで撮影 【写真:松尾/アフロスポーツ】

「後半勝負に持ち込めれば、自分たちのほうが強いと信じていた。チーム全員でフォローし合って勝つことができた世界一だと思います」

 試合後、池は胸を張って話した。

 この快挙を支えたのは、米国代表やカナダ代表のHCを歴任してきた外国人HCオアー氏のマネジメント力だ。今大会は、これまで出番の少なかった羽賀や倉橋を起用するなどして攻撃のバリエーションを増やし、競技を始めたばかりの高校生・橋本勝也を日本代表に招集するなど、池崎と池を中心とした「池・池ライン」だけではない、日本の伸びしろの深さを世界に披露した。

 日本ラグビー協会のコーチングディレクターも務める日本ウィルチェアーラグビー連盟の中竹竜二氏は「ターゲットである2020に向かう中で、その都度全部を出し切るのがケビン(・オアー氏)の考え方。プランをしっかり立てるスキルに長けているし、HC主導ではなく、選手にある程度任せることでいい雰囲気を作っていた」と評価する。

 予選でオーストラリアに敗れた際には、試合についての振り返りは一切せず、「選手が弱音を吐いても決して同調したりせずに、ポジティブな言葉掛けを意識しよう」とスタッフに徹底させたという。

 コーチ歴29年のオアー氏の勝てるチームづくりに、選手も応えた。
「ケビンは、世界選手権やパラリンピックのような主要大会で勝ったことにない米国に対しても『お前らなら10点差で勝てる』と言い続けてくれた。そのうえで、ミーティングで戦略を練って、その通りに戦えたのがこの結果につながった」(池)

 試合中は大声でげきを飛ばすが、普段は翻訳アプリを駆使して、選手にこまめに話しかける。就任1年半で次につながる最高の結果を出した。
「コートにいるメンバーだけじゃなくてサポートチームも含め、ここに来ていないすべての人たちがあっての成功。この“チーム”がワールドチャンピオンに値するとみんなに感じてもらいたかった。日本は素晴らしいチームです」

 今大会の日本のテーマのひとつはBelieve(信じる)。選手とコーチ、そしてチーム全体の信頼関係が生んだウィルチェアーラグビー日本代表の金メダルだった。

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著者プロフィール

1980年生まれ。制作会社で雑誌・広報紙などを手がけた後、フリーランスの編集者兼ライターに。2003年に見たブラインドサッカーに魅了され、04年アテネパラリンピックから本格的に障害者スポーツの取材を開始。10年のウィルチェアーラグビー世界選手権(カナダ)などを取材

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