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感激屋の監督が目を潤ませた有言実行
龍谷大平安が強い思いで通算100勝

9回2死走者なしからサヨナラ

龍谷大平安は9回2死走者なしからの劇的サヨナラ勝ちで、春夏通算100勝を達成。写真右端で両手を上げてガッツポーズをしているのが原田監督
龍谷大平安は9回2死走者なしからの劇的サヨナラ勝ちで、春夏通算100勝を達成。写真右端で両手を上げてガッツポーズをしているのが原田監督【写真は共同】

 2対2と同点の9回裏、龍谷大平安(京都)の攻撃。2死走者なしから、水谷祥平が四球を得た。鳥取城北(鳥取)の難波海斗が変化球を投じるタイミングをきっちり見計らい、2球目に二盗、5球目に三盗。2死ながら三塁と、プレッシャーをかける。そして、鳥取城北サイドが伝令で間を取った直後。安井大貴がはじき返した6球目は、レフト線に落ちた。3対2、龍谷大平安の劇的なサヨナラ勝ちは同時に、中京大中京(愛知)に続く、史上2校目の甲子園通算100勝目となった。


「99勝に達した(2016年の)センバツのときは、それほど意識はなかったんです。ただ、その後甲子園から遠ざかっているうちに、“甲子園が、100回大会まで(100勝を)待っていてくれたんやな”と思うようになりました」と感激屋の原田英彦監督、受け答えの間にも、しばしば目を潤ませる。


 そのかたわらで殊勲の安井は、「自分のエラー(7回、レフト頭上を越されたが、記録は三塁打)で同点に追いつかれていたので、絶対決めてやるつもりでした。この3年間、100回大会で監督さんに100勝を、とずっと言ってきたんです」と声を弾ませた。


 京都大会前から原田監督は、「100回大会で100勝。こんなチャンスは二度とない。必ず達成したいと思います」と公言。この日の試合前も、「甲子園100勝は絶対せないかん」と話していた。

生半可じゃない“平安愛”

 自ら“平安ファン”と言ってはばからないこの人の“平安愛”は生半可じゃない。なにしろ「小学校時代からあこがれて、中学時代には、平安の選手が利用するスポーツ屋さんで同じストッキングを買って喜んでましたね。また試合はもちろん、学校の帰りには練習も見学してました」。


 あるいは08年度、龍谷大平安に校名を改称したが、直前のセンバツでは平安のまま。鹿児島工と引き分け再試合になったときには、監督として「平安のままのユニホームで、1試合でも多くできることが幸せです」と男泣きしたものだ。


 そういう熱血漢だから、「先輩たちが積み重ねてきた歴史。それを継いでいくためにも、100勝にこだわりたい」と、100回大会での節目を強く意識するのは当然だろう。さらに甲子園は、龍谷大平安の100勝を見たいというファン4万人を飲み込んだ。


 龍谷大平安の松田憲之朗主将は言う。


「100勝というのは、自分たちにとってのプレッシャーでもあります。ですが、期待してくれている皆さんでびっしりのスタンドが味方にいるんだ、と」

鳥取城北が感じたとてつもない圧

 相手・鳥取城北の山木博之監督は、そこにとてつもない圧を感じていた。


「前評判は、圧倒的に平安有利。だからこそ、それを食えたらおもしろい、やってやるぞと思っていました。ですが、スタンドを含めて、目に見えないプレッシャーがハンパじゃありませんでした。とくに初回、松本(渉)君の三塁打で1点先制されたときには、球場全体がのしかかってくるようで……」


 龍谷大平安は、4回にも小寺智也の適時打で1点を追加し、試合を有利に進める。ただ、鳥取城北・難波も立ち直った。平安打線がフォークを見極めることを察知すると、直球主体に組み立てを変える。8回には最速タイの143キロを計時するなどして、5〜8回は1安打に封じた。


 原田監督は言う。


「4点差をつけようと声をかけていましたが、“これ以上は点をやらんぞ”という城北さんの気迫を感じました」


 さらに城北打線は8回、足がつりかけた小寺をとらえ、吉田修平の三塁打で同点に追いつくのだ。ただ……ここで試合は、冒頭に戻る。龍谷大平安、サヨナラ勝ちの場面だ。

92年秋から託された名門再建

「100回大会で100勝は、僕の中で絶対条件でした」という原田監督。もともと、再建を託され、社会人野球を引退していた日本新薬から母校の監督となった1992年秋当時、「こりゃ、立て直すのに大変やな」と思った。ユニホームの着方、道具への愛着、日常生活、どこにも名門らしさがない。細かいことまでうるさいくらいに諭し、口すっぱく平安の伝統を説き、根気よく生徒に納得させた。


 97年センバツ、自身の甲子園初勝利はチームにとっても7年ぶり。そこから数えて27個目の白星が、記念すべき100勝目となったわけだ。


 古豪・龍谷大平安。今度は、あと2勝で届く京都勢200勝への挑戦が待つ。

楊順行
楊順行
1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2018年夏で55回を数える。

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