巣鴨育ちの東京っ子クライマー、野中生萌 「エネルギッシュな東京」が彼女のホーム

松山ようこ

課題は冷静に整理 気にかかるのは後輩たちの事

スイス・マイリンゲンで行われた、4月のW杯開幕戦では2年ぶりの優勝を飾った。写真中央は野中、右は3位の野口 【Getty Images】

 ボルダリングは「体を使ったチェス」とも呼ばれる。常に冷静に俯瞰し、先を読み、自分の能力を考え、計画的に壁を登るのだ。幼い頃から、この競技で高みを目指してきた野中は、いつもどこかクールで客観的に物事を語る。

 その岩手での大会とは、五輪と同じボルダリング、リード、スピードの3種目を競う「第1回コンバインドジャパンカップ盛岡」。現在、ボルダリングのW杯ランキング1位の野中は、スピードでも女子日本記録(9秒28)を持っているが、実はリードは苦手種目だ。同大会でも、ボルダリングとスピードは2位につけるも、リードでの5位が響いて、総合4位と表彰台を逃している。

「連戦の疲れも取り切れてなかったし、やはり体力的にキツかったですね。私は、前腕の持久力がないんです。東京五輪まで2年ですが、世界にはリードをメーンに取り組んでいるトップ選手がいます。だから、たった2年でそうした専門の選手と同等になるというのは正直、不可能に近い。でも混合種目ですし、ボルダー(ボルダリング)はトップを争える位置にいるし、スピードに苦手意識はない。私はリードが足を引っ張らないよう練習しながら、スピードを強化するのが大事と思っています」

 そう振り返った大会の約2週間後、リードのW杯初戦(スイス・ビラール)で自身初の決勝進出。決勝では6位に入賞し、それまで17位だったリードでの自己最高順位を一気に押し上げた。

 ハードな練習と大会スケジュールのなか、息抜きをする時間はあるのか。尋ねると、「確かに時間は限られていますが、私は何とかやっているので大丈夫です。それよりユースの子たちが、心配になりました。メディアの注目度が高まっているなか、成績を求め過ぎているのか、身体が細すぎるコも見られるので」と後輩を気遣う。

「私もハッピー みんなもハッピー」がいい

クールで大人びた雰囲気を持つ野中。それでも、家族や地元の話をすると、思わず柔らかな笑みがこぼれる 【スポーツナビ】

 野中が五輪で狙うのは、もちろん金メダルだ。だから、やることは盛りだくさんだし、時間もない。それでも、成績だけを追い求めるのではなく、楽しむことが大事と語る。6月に日本で行われたボルダリングW杯(東京・八王子)では、「私もハッピー みんなもハッピー」というフレーズを壁面に披露し、課題(ボルダリングのコース)に取り組んだ。

「どうしても、日本での大会はかっちりしていて、成績ばかりが注目される感じがするんですけど、W杯ってすごく楽しいんです。海外では、そういった雰囲気の中、高いレベルのパフォーマンスをするので、それをここにも持ってきたかったんです」

 野中はW杯八王子大会決勝の大舞台で、最難関の最終課題を見事に一撃(1回で完登すること)。優勝こそ野口に譲ったが、この時点で逆転優勝を視野に収めるパフォーマンスをみせ、会場のファンを大いに沸かせた。

 東京五輪での理想は、「自分が納得するパフォーマンスで勝ちたい。誰かが失敗して、運良く上がれたとかではなく」。ただ勝つのではなく、楽しく完勝を目指す。そして“マイペース”にファンをも巻き込むのだ。東京五輪でのメダル獲得を期待するのは、野中の魅力の一部分でしかない。W杯で見せた一撃のように、今もこれからも見る側がワクワクするパフォーマンスを楽しみにしたい。

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著者プロフィール

兵庫県生まれ。翻訳者・ライター。スポーツやエンターテインメントの分野でWebコンテンツや字幕制作をはじめ、関連ニュース、企業資料などを翻訳。2012年からライターとしても活動をはじめ、J SPORTSで東北楽天ゴールデンイーグルスやMLBを担当。その他、『プロ野球ai』『Slugger』『ダ・ヴィンチニュース』『ホウドウキョク』などで企画・寄稿。2018年よりアイスクロス・ダウンヒルの世界大会Red Bull Crashed Iceの全レースを取材。小学館PR月刊誌『本の窓』にて、新しい挑戦を続けるアスリートの独占インタビュー記事「アスリートの新しいカタチ」を連載中。

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