引退の葛藤と戦い続けた村上大介 誰からも愛されたスケーターが歩んだ道

長谷川仁美

NHK杯で味わった苦しみと歓喜

14年のNHK杯で優勝した村上大介(中央)が引退を発表。この大会では1試合で合わせて3本の4回転サルコウを決めた初の日本人となった 【写真:アフロスポーツ】

 2018年6月14日、村上大介(陽進堂)が引退を発表した。

「すごい難しい判断でしたけど、27歳として、この次の4年間は難しいと思うので」と、自身のYouTubeチャンネルで語った。

 1991年生まれで、ジュニアまでは米国代表選手として活躍。2006年の世界ジュニア選手権にも米国代表として出場している。その後、浅田真央さんの母親の助言を受けて、07−08シーズンからは選手登録を日本に変え、日本代表選手として、引退までの11年間を過ごした。

 村上のこれまでを振り返ると、12年NHK杯ショートプログラム(SP)の途中、ジャンプで転倒した際に、前日練習で脱臼した右肩を再び脱臼し、棄権したことが思い出される。すぐに拠点の米国へ戻り、手術することになったのだが、リハビリの日々とグランプリ(GP)シリーズの派遣がなかった13−14シーズンを経たことが、その後の大躍進につながった。

 14−15シーズンのスタート当初はGPシリーズの派遣予定がなく、悔しくて引退も考えたという。だが、強化選手の合宿を経て2年ぶりにNHK杯の出場権を手にすると、そこでは、前回棄権して試合を終えられなかった思いを胸に演技。体がよく動いた叙情的な演技だった。SPで1回、フリースケーティング(FS)で2回の4回転サルコウを決めた村上は、1つの試合で合わせて3つの4回転サルコウを決めた最初の日本人として、スケート史に名前を残すことになった。

 それだけでなく、完璧な2つの演技によって、優勝も果たしている。表彰台の一番高いところで『君が代』を聴きながら、こみ上げる涙をこらえる姿に、それまでの辛苦の日々がうかがえるようだった。

たびたび引退を考えることも

現役最後の試合となった昨年末の全日本選手権は5位。平昌五輪の出場権を手にすることはできなかった 【坂本清】

 翌15−16シーズンには、GPファイナルにも出場。だが、続く全日本選手権では7位という結果に終わり、再び引退も考えたという。キャリアの中で何度も直面した厳しい現実に、たびたび引退を考えることもあった村上。それでも「良い演技をしたい」という思いで自身を奮い立たせてきた。

 16−17シーズンは右足甲の疲労骨折寸前のケガにより、東日本選手権の途中で棄権を余儀なくされた。そして迎えた平昌五輪シーズン。何年も振り付けを担当してきたローリー・ニコルに「昔のダイスは、まだ私の振り付けへの準備ができていなかった。でも今は、合うようになってきた」と少々厳しいことを率直に伝えられたことで、「ローリーに(本当のトップスケーターとして)認めてもらえるようになってきたと思うし、期待されていると感じています」と、シーズンオフから何度も意欲的にプログラムを練り直してきた。試行錯誤ののち、SP『Bring Him Home(彼を帰して)』もFS『道化師』も、前シーズンと同じプログラムに決めた。

「僕、(バンクーバー五輪シーズンの)09年も(ソチ五輪シーズンの)13年もシニアで全日本選手権に出ていたんですけど、その時は五輪に出られる選手だと思っていなかったんですね。でも今回は、平昌五輪の候補に入っていて、可能性もあると思うので、チャンスだと思っています。『自分のために滑る』という気持ちでシーズンに臨みたいです」

 そう意気込んでいたが、このシーズンも急性肺炎という突然の出来事により、NHK杯を欠場することになってしまった。

 五輪出場への最後のチャンスとなった昨年12月の全日本選手権では、切なさを歌い上げるSPでもドラマティックなFSでも、思いを込めた演技を見せ、総合5位となった。

「本当に良い時と悪い時と、波のような4年間でした。しょうがないこともありますけど、日本の選手としてこのすごい舞台まで来られたことは、自分をほめてあげないといけないなと思いますね。次は何につながるか分からないんですけど、頭を上げて、次の道に進んでいきたいと思っています」

 結果的にこれが最後の試合となった。

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著者プロフィール

静岡市生まれ。大学卒業後、NHKディレクター、編集プロダクションのコピーライターを経て、ライターに。2002年からフィギュアスケートの取材を始める。フィギュアスケート観戦は、伊藤みどりさんのフリーの演技に感激した1992年アルベールビル五輪から。男女シングルだけでなくペアやアイスダンスも国内外選手問わず広く取材。国内の小さな大会観戦もかなり好き。自分でもスケートを、と何度かトライしては挫折を繰り返している。『フィギュアスケートLife』などに寄稿。

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