決戦前日のサランスクにて 日々是世界杯2018(6月18日)

宇都宮徹壱

コロンビア戦が行われるモルドビア・アリーナ。日中は日向と日陰のコントラストが激しい 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)5日目。この日はグループFの残り1試合とグループGの2試合、合計3試合が行われる。15時(現地時間、以下同)からニジニ・ノブゴロドでスウェーデン対韓国。18時からソチでベルギー対パナマ。そして21時からボルゴグラードでチュニジア対イングランド。いずれも興味深いカードばかりだが、翌19日のコロンビア対日本の試合に備えて、この日は移動と前日取材に費やすことにした。5日間滞在したモスクワとも、いったんお別れ。モスクワのドモジェドボ発サランスク行きは、午前4時45分の便なので、カフェで執筆しながらボーディングの時を待っていた。

 執筆の合間にSNSを眺めていたら、「大阪で震度6弱」というトレンドワードが上がっていたので、慌てて情報を集める。どうやら大阪府北部を中心に大きな地震があったようで、現地はかなり混乱している様子。今の日本代表には大阪のクラブでプレーする選手や、本田圭佑や香川真司ら大阪出身者や大阪のクラブでプレーしていた選手が少なくない。現地の状況も心配だが、選手の中に動揺が起こることも懸念される。いささか気を揉みながら、サランスク行きの国内線にボーディング。すでに空は明るくなりかけていて、機内の半分以上がコロンビア人で占められていた。

 モスクワからサランスクまでの飛行時間は、およそ1時間半。せめてこの時だけは、睡眠をとっておきたかった。ところが同乗していたコロンビアのサポーターの喧(かまびす)しいことと言ったら! 移動中もずっとおしゃべりして、時おりチャントの大合唱。空港に到着して、預け荷物を待つ間も大いにはしゃぎまくっている。時計を見たら、まだ6時30分。どうして朝っぱから、そんなにテンションが高いのだろうか。

 さて、日本の初戦の会場となるサランスクは、人口わずか31万人。今大会の開催10都市の中では、最も人口が少ない(2002年の日韓大会における鹿嶋市のイメージだ)。現地観戦者にとって、実はこのサランスクが最大の鬼門であり、その最たる問題は宿泊施設が極端に少ないことにあった。私自身、本大会の組み合わせが決まった12月2日、すぐさまホテルの予約サイトにアクセスしたのだが、すでにサランスクの宿はどこも満室で途方に暮れたものだ(結局、2カ月前にようやく宿を見つけたものの、1泊3万円ほどかかった)。

「自分たちからアクションを」と語った西野監督

夕景に佇むモルドビア・アリーナ。周囲を行き交うのはコロンビアのサポーターばかりだ 【宇都宮徹壱】

 空港からバスと乗り合いタクシーを乗り継いで、ようやくこの日の宿泊先に到着する。といっても、ホテルではなく個人の住宅で、4人家族の空き部屋に居候させてもらう形式。家族は誰も英語が話せなので、スマートフォンの翻訳アプリを使いながらのコミュニケーションとなった。私以外にも2組のコロンビア人の家族が宿泊していて、彼らとは簡単な英語で会話が成立した。最初は騒がしいイメージしかなかったが、私が日本人だと分かると「また日本と対戦できて光栄だ。明日はいい試合にしよう」と握手もしてくれた。ほんの少し、コロンビア人のイメージが変わった瞬間である。

 この日は15時より、試合会場のモルドビア・アリーナにて、日本代表の前日会見が行われた。登壇したのは、西野朗監督とキャプテンの長谷部誠。会見に先立ち、長谷部が選手を代表して被災者への見舞いの言葉を述べ、西野監督も「(この地震によって)精神的なところで影響を受けた選手がいます」と明かした。一方で、指揮官から注目すべき発言が2点。まず、コンディションの問題でメンバーから外れる懸念があった岡崎慎司に関して「メンバーリストには入っています」と明言したこと。そしてコロンビア戦のゲームプランについて「自分たちからアクションを起こしていけるようにしたい」と語ったことである。

 とりわけ後者は、非常に興味深い発言である。リアリストである西野監督は、グループで最も実力があると思われるコロンビアに対し、徹底して守備から入る戦術を採用することを予想していたからだ。しかし指揮官は「常にディフェンスのポジショニングや、1人1人のハードワークを求めるということに終始したくない」とした上で、「われわれも十分にボールを確保できるし、その上で攻撃を仕掛けられるという自信を選手に持たせたい」との抱負を述べている。もしかして、アルゼンチンと引き分けたアイスランドに勇気をもらったのだろうか(もちろん、戦術的な共通点は今のところ稀薄だが)。

 その後、メディアセンターで仕事をしながら、スウェーデン対韓国をモニターで観戦。プレーオフでイタリアを破ったスウェーデンに対し、韓国は粘り強く戦っていたが、VAR(ビデオ・アシスタントレフェリー)の判定で献上したPKを決められて0−1で敗れた。これで、日本を除くアジア4カ国の初戦の戦績は1勝3敗。勝利したイランが、アジアで唯一のポット3だったことを考えると、今大会でのアジア勢の戦いぶりは、今のところ「順当」と言わざるを得ない。このコロンビア戦は、もちろん日本にとって重要な初戦だ。しかし同時に、世界におけるアジア勢の現在地を確認するという点においても、注目すべき一戦であるといえよう。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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