岡田武史が語る、代表監督に必要な覚悟 「日本人は時として美学が言い訳になる」

飯尾篤史

岡田氏は日本代表の「勝つことに対する執着心の弱さ」を指摘する 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 代表監督には、とてつもないプレッシャーがかかる。岡田武史氏はかつて1998年のフランス大会、2010年の南アフリカ大会と日本代表を率いて2度のワールドカップ(W杯)を戦い、グループリーグ敗退と突破を両方経験した。

 岡田氏によると、日本人には特有の「美学」があり、それは外国人にはなかなか理解できないものらしい。そしてその美学は、時として言い訳になることもある。数々の修羅場を潜り抜けてきた岡田氏は、日本人監督が代表を率いて世界で結果を残すためには、「腹をくくること」が重要だという。日本代表のW杯ロシア大会での戦いが始まる前に、岡田氏の言葉に耳を傾けてほしい。(取材日:2018年5月22日)

日本は勝つことに対する執着心が弱い

負けず嫌いがゆえに、あらゆる状況を想定するという岡田氏。南アフリカ大会での矢野の招集も、明確な意図があった 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

――日本代表はロシア大会に向かっています。どのチームにとっても初戦は意味合いが大きいと思いますが、特に日本代表の場合、初戦の結果に大きく左右されるように感じます。

 初戦がダメだったら、ダメだと思う。その理由は、まだ地力がないということがひとつ。だから勢いで勝つしかない。もうひとつは、負けたところから反発して勝っていくウイニングマインド、勝つことに対する執着心がまだ弱すぎること。

 これは、(ヨハン・)クライフの影響もあると思っていて。「醜く勝つぐらいなら、美しく負けた方がいい」というクライフの哲学が日本人は大好きなんだ。でも、僕はクライフと対談したこともあるし、試合でマークしたこともあるんだけれど、クライフは負けるのが大嫌いで、あれは、負けて悔しくて言った言葉だと思う。

――そうなんですね。それを日本人は美学として受けとめて、影響を受けた。

 他の国の人たちは「勝たなくてはダメ」と思っているし、クライフ自身も多分そう思っているのに、日本人は美学として捉えて「負けてもいい」となった。この前、面白いことを言う人がいて、すごく偉い方なんだけれど、「サッカーの人はよく、『そこまでは素晴らしい、あとは決定力だけ』って言いますよね。でもそれって、『この医者は腕が良い、でも患者は死ぬ』ということと同じじゃないですか」って。その通りだよね。点を入れないと勝てない。それなのに、日本人は過程にこだわって、勝つことに対する価値観が薄すぎる。

 僕はとにかく負けず嫌いだから、勝つためにあらゆる場面を想定する。この選手がケガをしたら、この選手を入れる、0−1で負けていて、こうなったらこうしようとか。南アの時、矢野貴章をメンバーに選んだけれど、1−0でリードしているときに前線で追い回せて、セットプレーで競れる選手が必要だと思ったから、矢野を選んだ。そうしたら、実際に(W杯初戦の)カメルーン戦でそのシチュエーションになった。

 監督の中にはチーム作りこそすべてで、采配で勝つのを邪道と思っている人がいるけれど、両方やらないとダメ。監督は勝つことにもっと執着して、勝つことに対してあらゆる手段を講じないといけない。そうやって負けゲームを引き分けに、引き分けのゲームを勝ちにもっていくことで、チームは良くなっていくんだから。

日本人が持つ「美学」とは?

W杯2大会で指揮を執った経験のある岡田氏は、とある日本人の特性について話す(写真はフランス大会当時のもの) 【写真:ロイター/アフロ】

――岡田さんはW杯を2度経験されて、フランス大会では初戦を落とし、南アフリカ大会では勝点3をもぎ取りました。フランスを経験したからこそ、南アで成功できた、改善できた点を挙げるとすると?

 どうだろう。フランスの時は僕も若かったし初めてのW杯だし、選手も、メディアも初めて。「W杯は違う」と言うけれど、一体何が違うんだろうと思って、経験者に聞きに行ったの。そうしたら、共通していたのは、メディアからのプレッシャーが違う。それから選手を守れと。それを僕はやったつもりなんだけれど、それだけだったとも言える。

 南アの時は全然違って、指導者としても人間としても経験も積んでいたし、本当にしっかりと準備した。ずっとたたかれていたけれど、どういう方向に進めばいいのか自分の頭の中にあったから。もちろん、そうは言っても2度目に過ぎないから絶対ではないけれど、選手をどう持っていけばいいのかに関するアイデアはあって、偶然かもしれないけどそれがバッチリ当たった。

――高地対策も万全でしたね。

 ある日、杉田正明先生(当時三重大学准教授/現日本体育大学教授)が「今日は選手を休ませてほしい」と訴えてきたことがあったんだ。それがなければ、僕は練習をさせていた。でも、先生の意見を受け入れて休ませたら、結果的に、それが良かった。そうしたことも含め、すべてがハマった。

 戦術やメンタルの面に関しても、メディアには非公開にしたジンバブエとの(W杯前)最後の練習試合がすごく良かった。0−0の引き分けだったけれど、みんなが「行ける」という手応えをつかんだ。計算通りということではなくて、「おお、ハマったな」っていう感覚。ジーコやザック(アルベルト・ザッケローニ)の時はハマらなかった。ザックのチームがハマらなかった原因のひとつは、選手が「自分たちのサッカー」と言い出したでしょう。

――ブラジルW杯まで残り1年くらいの時期だったでしょうか、選手たちが「自分たちのサッカー」と言い出しました。

 日本人は美学を持っていて、そのこと自体は素晴らしいことなんだけど、時として美学が言い訳になる。それこそ「美しく負けるほうがいい」というね。選手が「自分たちのサッカー」と言い始めた頃、たまたまドイツで視察に来ていたザックと会ったんだ。それで、「ザック、やばいぞ」と伝えたら、ザックは怒ったの。「W杯の舞台で、美学を重視して、死に物狂いになって戦わない選手なんていない」って。だけど、W杯後にザックと会ったら、「オカが言ってたことが何となく分かったよ」と言っていた。「自分たちのサッカー」と言うこと自体は全く問題ないが、それを勝負の言い訳に持ってきてはいけないと思う。

 エディー(・ジョーンズ/ラグビー元日本代表監督)とも同じような話をしたな。彼が「W杯の前に食事をしたい」と言うから会ったんだ。「オカ、日本人の特徴、どう思う?」と言うから、「美学に酔ってしまって、言い訳にすることがあるよ」と答えたら、「そうだろう」とエディーは言っていた。「日本人は素晴らしい民族だけれど、そこは俺には理解できない」って。

 そういうところは、日本人ならコントロールできる。ブラジル大会で、初戦(コートジボワール戦)と2戦目(ギリシャ戦)でガラッと変わったでしょう。「これはヤバい」となって、ギリシャ戦は死に物狂いで戦ったけれど、遅いんだよ。1試合の重みが分かっていない。

――その必死さを、初戦にどう持ってくるか。

 そうだね。そこは監督の手腕になると思う。

邪心が吹っ飛んだ瞬間に感じた「感覚」

04年のチャンピオンシップでも「ゾーン」に入ったという岡田氏。その際の決断は「99.9%当たる」と言う 【写真:アフロスポーツ】

――南アフリカ大会の前、岡田さんは本大会でチームをいわゆる「ゾーン」に入れるために、6つのコンセプトを掲げたりして、準備をしていました。その甲斐もあって、思い描いた通り、ゾーンに入ったんでしょうか?

 いや、ゾーンに入れようと思って、いつでも入れられるなら、今ごろ世界チャンピオンになっているよ(笑)。あの時は、ありがたいことにメディアのみなさんがたたいてくれたり、いろいろな条件がそろって、ハマったんだと思う。

 怪しいことを言うようだけれど、初戦のカメルーン戦の前、僕はロッカールームで10〜20分くらい座禅をしたのね。それで、スーッと、スタジアムに入った瞬間、「あ、今日、勝つな」と思った。

――そうなんですか!?

「俺、このスタジアムの全部をコントロールしている」っていう感覚になったの。怪しいかもしれないけれど、本当にそう感じたんだからしょうがない。それぐらいハマった。ただ、次のオランダ戦も同じことをして、スタジアムに入ったんだけど、「あれ? 全然、来ないぞ」って(笑)。

――カメルーン戦ではゾーンに入れて、オランダ戦でなぜ入れなかったのかは……。

 分からない。入ろう、入ろうと思ったら入れない。そんなものなんだと思う。

――たしか、横浜F・マリノスの監督として2004年にJリーグ・チャンピオンシップを制した際も、ゾーンに入ったそうですね。

 そうだね。追い込まれて、追い込まれて、邪心みたいなものが吹っ飛んで、ピュアになった時に、ポーンと、そういう感覚になる。そういう時の決断は99.9%当たるから勝負に勝てるんだ。本当に。

1/2ページ

著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント