錦織が見せつけた「強者の貫禄」 1年ぶりのグランドスラムで好発進

内田暁

全仏だけの“日曜日開幕”

全仏初戦で、強打の世界304位に勝利した錦織。勝機での集中力で、格の違いを見せつけた 【写真:アフロ】

 日曜日に試合が組まれることについて、どう思うか――?

 初戦を2日後に控えた金曜の会見で、錦織圭(日清食品)はその問いに対し「そうですね、1日余分に休みがもらえると思えば。準備はしっかりできているので、問題ないです」と答えた。

 通常は月曜日に開幕を迎える4大大会の中にあって、全仏オープンのみは例外的に日曜日が開幕日。1回戦を3日掛けて消化するため、日曜日に勝った選手は、中2日置いて2回戦を戦うことになる。それは他のグランドスラムとは異なるリズムやスケジュールを強いられることであり、そのためトップ選手の中には、日曜日の試合を嫌がる者も少なくない。だが錦織は「1日余分に休みがもらえる」と、日曜の試合を前向きに捉えていた。同時にその言葉は“初戦は勝つものだ”という心理状態に、自然となっていたことを物語りもする。

 昨年8月に手首を負傷して以来、初めて出場するグランドスラムの舞台。それでも錦織の心身は、2週間を戦い抜くことを想定したモードへと、いつからか切り替わっていたようだ。

想像以上だった世界304位選手のプレー

 もっとも試合を2日後に控えた時点でも、錦織は初戦の対戦相手のことを、ほとんど知らなかったという。マキシム・ジャンビエは主催者推薦で出場する地元フランスの21歳で、世界ランキングは304位(対戦日時点)。グランドスラム本戦出場経験はなく、ゆえに得られる情報も限られる。「背が高くてパワープレーヤー」……その程度の事実は分かったが、結局は「試合のなかで知っていく」しかない状況でもあった。

 実際には錦織は、試合が始まるその直前……ウオームアップで5分間ボールを打ち合った時点で既に、相手から「メチャメチャ打ってくるな」の印象を得る。それは戦前に描いた想像以上であり、あらゆるボールを強打する早い展開は、日頃のツアーでは経験することのないタイプのテニスだった。高速のショットはウイナーを多く奪うが、その代償としてのミスも多い。ラリーが5本以上続くことすら珍しく、打ち合いでポイントを構築したい錦織にしてみれば「自分のリズムが作れない」状況である。第1セットだけで5度面したブレークポイントは、そのような戸惑いが招いた危機だった。

試合後、リラックスした表情で記者会見に臨む錦織。「次もタフな試合になる」と次戦に目を向けた 【写真:アフロ】

 それでも錦織は、危機の時ほど集中力を上げ、時に自ら攻め、時に相手のミスを誘った。ジャンビエは「どうしてか口で説明するのは難しい。自分のプレーは変わらないが、相手は重要な場面で安定感が増していた」と、最終的に10本あったブレークポイントを、いずれも逃した局面を振り返る。
 対する錦織は「今日の相手に対して(自分を)評価できる点は、ブレークされなかったこと。大事なポイントで集中していたのが、このスコアで勝てた要因だと思います」と自己評価。「難しい1回戦でしたが、3セットでしっかり勝てたのは大きい」と、体力の消耗も抑えられたことを喜んだ。

「(次の試合まで)2日空くのは変な感じもしますが、軽めに調整して。次もタフな試合になるので、いろんなことを調整していきたいです」

 戦前に口にした「1日余分に休みがもらえる」の無意識の勝利宣言通り、錦織が3大会ぶりとなるグランドスラムで、まずは貫禄の好発進を切った。
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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