酒井宏樹が駆け抜ける充実のシーズン 左サイドバック、CBにも挑戦

木村かや子

マルセイユの酒井宏樹が波乱と感動に満ちた、今季ここまでの疾走を振り返ってくれた 【木村かや子】

「EL決勝までに戻って来られるよう頑張ります!」

 やや足を引きずり、それでも軽快な足取りで進みながら、オリンピック・マルセイユ(OM)の酒井宏樹は振り向いてこうさけんだ。4月26日(現地時間、以下同)、自分なしのチームが、やや苦労した末に2−0でザルツブルクを破ったヨーロッパリーグ(EL)準決勝第1戦終了直後、酒井は、あえて故障した左膝から固定用のサポーターを外し、松葉づえも友人に預けて、おそらく仲間をねぎらうためロッカールームに向かった。

 EL準決勝への切符を自らの手で勝ち取った直後のリーグ戦(21日のリール戦)で負傷した酒井は、今、できるだけ早い復帰を目指してリハビリ中だ。

 そんな酒井が、多くの波乱と感動に満ちた、今季ここまでの疾走を振り返ってくれた。インタビューは、不運な故障に先立つ4月19日、マルセイユのトレーニング・センターの一室で行われた。

チーム全体の地力が上がった

――EL圏内にぎりぎりで食い込んだ昨年(5位)から一歩進み、今季のOMはELでの進撃を続けながら常に上位につけ、チャンピオンズリーグ(CL)出場権を狙って進んでいます。今季ここまでを振り返り、この小さいけれど確実な一歩をどう体感していますか?

 入ってきた選手たちのクオリティーは確実に高くなっているし、チーム全体の力、地力は上がったと思います。かなり選手が入れ替わった分、コンビネーション、連係の部分では、最初かなり苦労しましたけれど、その難しかった序盤であまりポイントを落とさず、しっかり耐えることができたこと、スタートが去年と比べて悪くなかったおかげで、今の順位(4位)にいることができているのだと思います。

――昨年より連係がよくなったと感じていますか?

 前からいた選手とは今まで通りですし、新しく入った選手とは、話し合い、やりながら向上させていくよう努めてきました。自分のプレーも分かってもらいながら、相手のプレーも理解していかなければいけないのですが、何かしらミスがあることが大事なんですよね。失点につながるような事態があったことによって、次どうしようと会話が生まれ、その上でチームが勝つと、それがいい課題になる。そこで負けてしまうと、どっちが悪いとかいうなすり付け合いになりがちなんですが、しっかり勝つとお互いが聞く耳を持つので、そこは良かったかなと思います。

――昨年も仲のいいチームに見えましたが、今年は、序盤の苦しい時期を経て成長し、波はあるものの、皆が個人の力を見せながらもチームとして戦える、いいチームに育ちつつあるように見えます。チームの成長を感じますか?

 そうですね。特にうちは仲のいいチームだと思います。ただサッカーになったときにチームとして戦えるか、というのは、マルセイユというより、フランス全体の課題だと思いますね。フランス代表を見ても、個人のクオリティーはトップ中のトップレベル。フランスの選手たちは他国と比べても、クオリティーは間違いなく1、2位を争う国だと思うんです。でもやはりチームとして勝てない、というのは何かがあるわけで、チームのために戦うという部分に関しては、ドイツとかの方が組織力として高いのかな、とも思うので。その中で、僕らマルセイユは団結している方だと思うのですが、それでもやはり団結できていない時間帯というのもすごくある。うまく回っていない時間帯もあるので、そういうところをうまくできるようになったら、すごく強くなるだろうと思います。

――リーグとして、スペイン、イングランドは上として、ドイツの方がフランスより上と思っている人もいるようですが、フランスではドイツより上だと思っている。両方のリーグでプレーされた酒井さんとしては、その評価についてどう思いますか?

 たぶんどっちの国も、自分たちの方が上だと思っていると思います(笑)。でも、国として組織されているのはドイツかなと思いますね。お客さん、またサッカーに対するプロモーションも含め、うまく運営しているのはドイツだと思いますし、バイエルン・ミュンヘンの存在が大きい。国別リーグランキングはCLとELで決まるので、これらの大会で上位にいくには、やはりチームとして組織化されていないといけない。

 ドイツは間違いなくバイエルン一強ですけれど、それでも、そのバイエルンが先まで行ってくれる、というのはドイツとしては大きいんじゃないですかね。だからフランスからしたら――僕はマルセイユの選手なのであまり言いたくはないですけれど、パリ・サンジェルマン(PSG)がCLでうまくいけば、フランスリーグ全体の評価も上がると思います。PSGがあれだけリーグで独走したとしても、CLという国際大会で結果を出していただかないと、という感じですよね。

――では、組織ではドイツ、個の力ではフランスだと。

 個の能力では間違いなく、フランスは相当高いと思います。スペインは、止めて蹴る、止めて蹴る、の基本技術がとても高いですし、やはり国によってカラーが違うので、どこが一番というよりは、その年に(CLで)一番上までいったチームのいるリーグが一番なんだと思いますね。

常に成長できるのは精神的な部分

「これだけプレッシャーのあるチームでもう2年やっているので、少なからずレベルが上がった」と精神面での成長を実感する 【Getty Images】

――確実に向上しつつあるマルセイユの中での、自分の成長をどう見ていますか?

 サッカー選手として常に成長できるとしたら、それは精神的な部分だと思います。技術面とかそういうところは、高校生ぐらいまでで、たぶんストップしてしまうので。

――いつもそれを言いますね。

 やっていて本当に思います(笑)。いい精神状態のときにいいトラップができる。疲れていないとき、慌てていなかったり、周りが見えているときには、いいプレー、いいトラップができるし、いいパスをあげることもできるので、本当にそこ次第だと思うんですよね。だから精神的部分に関しては、これだけプレッシャーのあるチームでもう2年やっているので、少なからずレベルが上がったかなと思います。

 90分の中で、難しい時間帯にも、自分なりの解決策を見つけられるようになった。いい時間帯にいいプレーができるのは当たり前で、難しい時間帯にどれだけ、いいプレーのときとの波の差を、減らすことができるか、というのが、サイドバック(SB)としてはやはり大事だと思うので、その部分でちょっとは成長したかな、とは思います。

――昨年、フランスに来て1対1の対応を学んだと言っていましたが、さらに半年以上を重ね、そこから進化したと感じる部分はありますか?

 あとは周りとのコミュニケーションですから、周りの3人と――サイドハーフ、ボランチ、センターバック(CB)とかの仲間たちと連係して、なるべく1対1の状態を作らないよう心掛けています。組織的に守備ができたら、ほとんどの確率でとれると思うので。

――ルディ・ガルシア監督には何を特に言われていますか?

 監督は、1人ひとりの選手の個性を完全にリスペクトしてくれていて、その上で試合状況に合ったプレーを出すように、という指導の仕方をしており、かなり自由です。チームとしての決まりごとがミーティングの時に話されるのですが、それは毎回やっていることで、ほとんど毎試合同じです。試合開始何分には必ず集中しなさいとか、本当に基本的なところですけれど、そういうインフォメーションだけは伝えて、あとは個人的な、その時々の危険な選手の情報をCBやボランチに教えたりとか、GKがけっこうはじくからボールに詰めろとFWに伝えたり、本当にそれだけです。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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