酒井宏樹が語るフランスでの挫折と喜び 名門・マルセイユでの挑戦<前編>

木村かや子

酒井宏樹にマルセイユに移籍した半年で得た気づきや学び、後半戦に向けた意気込みを語ってもらった 【木村かや子】

 2016年の夏、酒井宏樹は4シーズン過ごしたドイツのハノーファーからフランスのオリンピック・マルセイユへと移籍した。同じ欧州でも、ドイツとは異なる身体能力の高いドリブラーがそろうフランスサッカーに、序盤は戸惑うことも多かったという。しかし、徐々に新天地でのサッカーに適応した酒井は、10月に就任したルディ・ガルシア監督のもとでもレギュラーポジションを手放さなかった。

 リーグ前半戦を「あっという間だったけれど充実していた」と語る酒井に、この半年で得た気づきや学び、後半戦に向けた意気込みを語ってもらった(取材日:2016年12月7日。前半戦の振り返り部分は12月21日に取材)。

目標のひとつは達成できた前半戦

――この夏マルセイユに加入され、さまざまな状況を乗り越えてきましたが、まず前半戦を振り返ってください。

 あっという間でしたが、とても楽しくできました。かなり試合に出られたことについては満足していますし、チームに入れたという意味で、自分の目標のひとつは達成できたと思います。

 フランスのアタッカーの身体能力について聞いてはいましたが、身体能力の高いドリブラーがここまで大勢いるリーグはめずらしい。その勢いに最初の方では戸惑いましたし、慣れるのに最初は必死でしたが、学びながら、チームと一緒に少しずつプレーレベルをアップしていくことができました。ただ、何試合かであったような、納得できない失点の仕方、得点のされ方というのを直さなければいけないという課題もあり、まだまだです。

 監督が代わりましたし、そういうところでのプレッシャー、不安もありましたけれど、結果的に、僕のやっていることを皆が評価してくれているので、やっていることは間違ってなかったんじゃないかな、と思っています。

――尻上がりによくなり、現在の位置を勝ち取りましたが、来る前はスタメンになると想像していましたか?

 全然思っていなかったですよ。でもマルセイユからオファーが来たということで、僕の心は高鳴りましたし、気持ちが高まり、ぜひチャレンジしてみたいと思いました。チャレンジして失敗したら、僕の欧州の挑戦は終わりだな、というくらいの覚悟で来たんです。だから気持ちが最初から入っていましたし、そういう意味で、とりあえずここまでうまく波に乗れたのであれば、良かったと思います。

体感した欧州のサッカーの違い

――プレーに関して、以前「1対1では強いと思っていたが、その自負がフランスに来て1、2試合で粉砕された」と言っていました。それは第2節のギャンガン戦(編注:試合開始1分で酒井の守るサイドを1対1から突破されて失点、試合も1−2で敗れた)でのことでしょうか?

 そうですね、それは面白いところだと思います。欧州のサッカーの違いを体感した、ということだと思うんですが、そのことが自分ではすごくうれしかったんです。日本でも、ドイツでもそうだったのですが、僕は1対1で戦うのがすごく好きでした。抜かれたら次に抜かれなければいい、という感じでしたし、(ボールを)取れたらすごく快感だったので、フランスでもそのスタンスで入っていったのですが……。

 でも、チームが変わったことも関係があるかもしれませんが、ドイツとフランスでは、対戦相手が挑んでくるときの、相手の気持ちのスタンスがちょっと違うんですよ。ハノーファーのときには、自分たちの方が順位的に下だから、向こうも「取られたら嫌だな」という感じで来ていたんですが、マルセイユに対するフランスのFWたちは、「オリンピック・ドゥ・マルセイユ(OM)の選手を抜いてやる!」というふうにギラギラしているんですよね。向かってくる選手のモチベ―ションが違うと感じました。

 その上、ここには身体能力が非常に高いアタッカーがゴロゴロいて、1対1に懸けてくる。よりレベルが高いとも感じました。本当に名前も聞いたこともないような選手が、自分をぶち抜いていくわけですからね。すげえなと思って、最初の1〜3試合はすごく勉強になりました。

ガルシアサッカーとの出会い

ガルシア監督との出会いは、酒井に新たな守備の意識を植え付けた 【Getty Images】

――ギラギラして挑んでくる選手を相手に、自分の心構えや守り方を変えたり、工夫されたことはありますか?

 守備の仕方について、もっと早いうちから、頭を研ぎ澄ませていれば良かったと思いました。フランスに来て、いろんな守備の仕方があるんだということに気づかされたんです。だから今は、ハリルさん(日本代表のヴァイッド・ ハリルホジッチ監督)の言う守備の仕方も分かる――ハリルさんの言う守備の仕方をもっと厳しくしたのが、今のガルシア監督なんです。

――ガルシア監督は結構細かいですよね。

 細かいし、何より、すごくサッカーを知っているので、「この人の求めるサッカーをやってみたいな」と素直に思える。そういう環境に身を置ける自分は幸運だなと思いますね。

――例えばフランク・パッシ前監督と比べて、どこが違いますか?

 面白いんですけれど、ガルシア監督は味方が攻めているときに、攻撃陣に指示をしないんですよ。攻めているときに、ずーっと「ヒロキ、もっとポジションを上げろ!」とか、守備陣とボランチに声を掛け続けているんです。ボールを取られたときのマネジメントを常に考えているんですよね。攻めている選手、前線の選手たち4〜5人は「勝手にやっておけ」という感じで、それ以外の選手に「次のプレーを予測して準備しておけ」と指示をして、2、3手先を見ているんです。

――チェスのようですね。

 だから自分たちバックのポジションの選手は、攻めている選手、味方やボールというより、周り、後ろ、まったくボールと関係ないところを見るんです。何人後ろに残っていて、2人残っていたら後ろは3人残って、その他の選手は1人1人について、というふうに、フリーな選手は絶対に出さないようにする。そしてもしキーパーがはじいたり、こぼれたりしたボールがあれば、それを絶対に取って、もう一回そこから攻撃できるように準備しておく。

――次の展開を、何パターンか予想しながらやるという。

 そうです。相手にボールを渡さないで、僕らが90分間ボールを支配することを目指すサッカーをしているので、本当に攻撃が大好きな監督だと思いますね。次の攻撃のために、守備をめっちゃ頑張る、みたいな。彼の指示する守備は、次の攻撃に迅速に移れるようにするための守備なんです。

――今までは、そういう意識をしたことはなかった?

 僕、もともとポジションニングがすごく苦手で、今でもあまりうまくないので、勉強になりますし、本当に面白いです。こういうのもサッカーなんだな、と。今の監督は本当にすごい。セットプレー時の壁に関しても、「なんでお前ら9メートル離れたところに立っているんだ」と言われる。FKから失点したのをきっかけに崩された(第14節の)モナコ戦(0−4)の次の日に、そう言われました。

「9メートルというのはルールで定められていることであって、そこからちょっとだけ進む分にはいいんだ。だから審判が見ていないうちにちょっと前に進めよ」と。まず日本人の監督だったら言わないだろうな、というようなことを言う。壁に関しても、別にズルをするという考えではないんですよね。なるほどな、と思いました。

1/2ページ

著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント