ハリルが去り、われわれに残されたもの 「問題」を抱えていたのはどちらか?

宇都宮徹壱

会見で明らかになった問題の本質は2点

1時間30分に及ぶハリルホジッチ氏の会見で「明らかになったこと」は何なのか 【宇都宮徹壱】

 日本代表の前監督、ヴァイッド・ハリルホジッチ氏の会見が日本記者クラブで行われたのは、ロシアでのワールドカップ(W杯)開催から48日前の4月27日であった。この日のトップニュースは、韓国と北朝鮮による南北首脳会談。ハリルホジッチ氏が何を語ったかについては、サッカーファンの間でのニッチな話題にすぎなかったのかもしれない。もっとも今年は4年に一度のW杯イヤーであり、それゆえ日本代表が最も注目を集めるタイミングでもある。その意味で「前監督が何を語るのか」については、ライトなファンの間でも一定の注目を集めていた。

 16時からスタートして、約1時間30分間にわたって繰り広げられた前監督の会見については、CSやネットなどの中継でご覧になった方も多かっただろうし、さまざまなメディアで会見の全文がアップされている。とはいえ、いささか饒舌(じょうぜつ)にすぎるハリルホジッチ氏の会見内容は、その分量の多さゆえに少なからぬ抵抗を感じるファンも一定数いることだろう。本稿では、問題の本質を抽出した上で、会見で「明らかになったこと」(あるいは「明らかにならなかったこと」)について整理したいと思う。

 今回の会見に関しては、違約金や慰謝料を求める「銭闘」モードとなるのではないかという憶測が一部メディアに流れた。「今さら話を蒸し返してどうする?」という、極めて日本的な論調さえ見られた。だが終わってみれば、金銭に関する言及は一切なし。そこで語られていたのは、日本という国への深い愛情であり、共に仕事をした仲間たちと応援してくれたサポーターへの感謝の気持ちであり、任期中に大地震に見舞われた熊本への思いやりであり、そして「私は永遠に日本代表のサポーターです」という心からのエールであった。下衆の勘繰りをしていた人々は、頬をはたかれたような気分になったことだろう。

 今回の会見で明らかになった問題の本質は2点。すなわち、(1)少なくともハリルホジッチ氏は「コミュニケーションの問題」についての認識はなかったこと、(2)技術委員長だった西野朗氏(現監督)が本来の役割を十分に果たしていなかったこと、である。いきなり結論をさらっと書いてしまったが、いずれも極めて重要な意味を持つことは言うまでもない。これらが事実とするならば、「コミュニケーションの問題」を抱えていたのは、むしろJFA(日本サッカー協会)側にあったのではないか、という疑念が浮上してくる。

事前のアラートはなく、サポートも不十分

技術委員長だった西野氏(左)とはコミュニケーションが少なかったようだ 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 あらためて2つの問題点について、ハリルホジッチ氏の証言から検証したい。まず、問題点(1)の「コミュニケーションの問題」について。JFAの田嶋幸三会長は、9日に行った会見で、解任の理由について「(3月のベルギー遠征で)選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきたということ」を挙げていた。これに対して、ハリルホジッチ氏は「2月に海外組とコミュニケーションをしたが、特に問題はなかった。なぜ1カ月後にコミュニケーションが薄れたと言われたのか」と反論。さらにこう続ける。

「会長には権利があるので、解雇したことが問題ではない。現状、私がショックを受けたのは、前もって情報を誰も何も教えてくれなかったことだ。(中略)なぜ『問題があるぞ』と西野さんや田嶋さんは言ってくれなかったのか。一度たりとも」

 前監督の説明によれば、JFA側から事前のアラートがないまま「コミュニケーションや信頼関係が薄れている」という理由でバッサリ解任されたということである。これは「アンフェアである」と言わざるを得ない。3月のベルギー遠征の際、選手の中から前監督の目指す戦い方について、不満や不安が漏れ出ていたのは事実である。だが、そうした危険信号をJFAが察知していたのであれば、まずは現場の責任者であるハリルホジッチ氏に向けて発せられるべきであった。そして、その役割を担うはずだったのが、技術委員長の西野氏である。これが問題点(2)。以下の証言を聞く限り、西野氏が適切な仕事をしていたようには感じられない。

「確かに西野技術委員長とのコミュニケーションは、少なかったかもしれない。彼に意見を求めたりもしたが、あまり多くを語らない人だった。すべてのトレーニングに参加してくれたが、いつも『良かった』と言ってくれた」

 どうやら西野技術委員長は、口では「良かった」とは言うものの、的確な意見なりアドバイスなりはできなかったようだ。これは西野氏の問題というよりも、純粋に人事の問題であろう。そもそもハリルホジッチ氏の招へいに尽力した、霜田正浩氏(現レノファ山口監督)が技術委員長を続けていれば、こうした問題は起こらなかったのではないか。それを、わざわざ新設した「ナショナルチームダイレクター」に霜田氏を配置転換し、新たな技術委員長に西野氏を招き入れたことに、問題の発端があったように思えてならない。

1/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント