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浦和に必要なのは意識改革と人材刷新
堀体制の失敗を教訓にできるか

モデルケースがあったはずの「ミシャ後」の再建

12年にペトロヴィッチ監督の後を受けて広島の指揮官に就任した森保監督(右上)は、その後3度Jリーグ制覇を成し遂げた
12年にペトロヴィッチ監督の後を受けて広島の指揮官に就任した森保監督(右上)は、その後3度Jリーグ制覇を成し遂げた【(C)J.LEAGUE】

 かつて12シーズンに同じくペトロヴィッチ監督の後を受けてサンフレッチェ広島の指揮官に就任した森保一監督(現U−21日本代表監督)は、ペトロヴィッチ監督のスタイルメソッドを踏襲しながら守備の整備に努め、12、13、15シーズンの3度Jリーグ制覇を成し遂げた。「ミシャ後」のチーム構築については実績のあるモデルケースがあったわけで、堀監督も前任者が築いたチームの長所を生かしつつ、徐々に自らの理念に取り組んだ方が無難だったように思える。


 しかし堀監督は結局難しい舵取りを強いられたままチーム構築を進め、最近のゲームでは基本システムの4−1−2−3を諦めて4−4−2にシステム変更し、先の磐田戦では今季の主軸だった青木が自陣でミスパスを犯して逆転ゴールを奪われるきっかけを生んだ。リードされてからのアディショナルタイムを含めた13分間に昨季途中まで標ぼうしていたアグレッシブで躍動感あふれる所作はなく、戦意を喪失した浦和の選手は相手にボールキープを許したまま、やすやすと敗戦を受け入れた。

ビジョン以前に重要なクラブの一体感

 4月1日、筆者はドイツ・マインツのオペル・アレーナでマインツvs.ボルシア・メンヘングラッドバッハのゲームを取材していた(結果は0−0のドロー。マインツの武藤嘉紀はけがで欠場)。両チームが採用するシステムは奇しくも浦和の堀監督が志向した4−1−2−3だったが、メンヘングラッドバッハのディター・ヘッキング監督は攻撃時にスウェーデン人左SBのオスカル・ベントを最前線まで押し上げて3−1−2−4へトランスフォームする可変システムを用いた。


 相手の4バックに4トップが並んで数的同数を築き、その隙間にインサイドハーフの2人が飛び込むことで局面打開を図る論旨は、同システムでマッチアップする「ミラーゲーム」の裏を突く効果的な一手だ。その中で、メンヘングラッドバッハはGKのヤン・ゾマー、3バックの一角であるヤニク・ベスターゴーア、マティアス・ギンター、アンカーのクリストフ・クラマー、インサイドハーフのラース・シュティンドル、前述のSBベントらがいずれも巧みな足技を駆使し、自陣最後尾から丁寧にビルドアップしてショートパスでの攻撃構築を行うチームの「色」をも標ぼうしていた。


 一方、マインツのサンドロ・シュバルツ監督は各選手のポジショニングを厳格に定めてプレーさせ、選手個々の局面打開力とセットプレーでの圧力で攻略を図った。最前線に立つFWエミル・エルグレーンは終始身体全体を使ってターゲットマンの役割をこなし、左ウイングのパブロ・デ・ブラシスはスピードでサイドエリアを切り裂く。左SBのダニエル・ブロジンスキは何度もオーバーラップを図って相手を押し込み、アンカーのジャン・フィリップ・グダミンは常に1対1の局面で相手をはがすワンアクションを施して相手陣形を崩す努力を重ねていた。


 メンヘングラッドバッハのヘッキング監督が志向する可変型戦略がペトロヴィッチ監督のそれと相似性があるならば、マインツのシュバルツ監督が課すポジション重視のプレーは堀監督の理念と近しいかもしれない。ただ、いずれにしても各々はそれぞれの信念の下、それぞれの個性にマッチした戦いを選択して勝利を目指していて、現在降格圏に近いマインツであってもチーム全体の基本コンセプトに一切の揺らぎは感じられなかった。


 システムはあくまでも対戦相手を打ち破る方策のひとつで、ポジションは各選手の特長を生かすために存在するもの。明確なビジョンを備えるチームは、クラブと現場がそれぞれに忠実に職務を遂行してコンセプトを確立させる。そのビジョンが短期か中長期か以前に、今そのクラブが一体となって同じ方向を向いて物事に取り組んでいるか。サッカーの世界では、その事実がピッチ上へ如実に反映されると思うのだ。

責任は現場の指揮官だけにあるのか

トップチームの暫定監督として、育成ダイレクター兼ユース監督を務めていた大槻毅が昇格。浦和はかかわる者すべての意識改革と、人材刷新ができるだろうか
トップチームの暫定監督として、育成ダイレクター兼ユース監督を務めていた大槻毅が昇格。浦和はかかわる者すべての意識改革と、人材刷新ができるだろうか【写真は共同】

 約5年半にわたったペトロヴィッチ監督体制を解体したクラブは、堀孝史という指揮官とともに、クラブサイドと現場が一丸になって新たなチーム構築を進めねばならなかった。しかし実情は指揮官の理念だけが独り歩きし、クラブは現場を下支えせず、持ち味を喪失した選手たちは戸惑い、動揺しながらピッチの上に立ち続けた。


 堀監督、天野コーチとの契約解除を決断したクラブの淵田敬三社長、強化責任者の山道守彦強化本部長は育成ダイレクター兼ユース監督を務めていた大槻毅氏をトップチームの暫定監督に昇格させ、同じくユースチームのコーチを務めていた上野優作氏のトップチームコーチ就任を発表した。ユースチームはこれからシーズンの開幕を迎える中で突如、指揮官とコーチを失った。これは11シーズン途中にゼリコ・ペトロヴィッチ監督が解任され、当時ユース監督を務めていた堀監督と天野コーチがトップチームに引き上げられた内部昇格策とまったく同じだ。


 その後、「船長」を失った浦和ユースは12年にプレミアリーグからプリンスリーグへの降格を喫し、16年に大槻監督が指揮を執ったチームがプレミアへの復帰を果たしてようやく再建を果たしてきた実情がある。山道強化本部長によると、チームは大槻暫定監督の下で当面の戦いに臨み、並行して新監督のリストアップ作業を進めて日本人、外国籍にかかわらず新監督の選定を進めるという。しかし、もし早期に新監督を据えられない場合は大槻監督が指揮を執り続け、再び結果を得られない場合は、またしても育成年代のエキスパートを手放すのだろうか。


 単純に現場の最高責任者をすげ替えても、浦和は何も変わらない。これまでの歴史が示しているように、このクラブは責任を現場の指揮官だけに求めてきた。今回も新たな監督の下で再出発を図るに際し、監督だけにその責を負わせるならば、また同じ過ちを繰り返すだろう。堀監督が率いたチームの失敗を得難い経験とするならば、これからの浦和が成すべきことは、クラブ、選手を含めた、関わる者すべての意識改革と人材刷新しかない。

島崎英純

1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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