スノボとフィギュアのジャンプを語る 【対談】藤森由香×小塚崇彦 後編
ルーティンで緊張を克服
小塚さんの緊張克服法に、藤森は「参考になる」とうなづいていた 【坂本清】
小塚 スノーボードを教えてもらえますか?(笑)
藤森 教えますよ。じゃあ、まずは(小塚が好きな)カラオケから行きましょう(笑)。
小塚 カラオケに行って仲良くなって、親しくなったうえで癖を知ってもらって。
藤森 絶対面白いと思う。なかなか私たちスノーボードは他の競技と絡むことがないんですよ。絡んだことありますか?
小塚 僕もないですね。
藤森 夏も南半球に行って練習ばかりですし、五輪に行ったときに知り合うくらいだったので、今回みたいな機会は本当に貴重なんです。ここからどんどん広げてフィギュアの知り合いも作っていきたいなと思います。
私が一番聞きたいのは、多くの観客の中でシーンとなり、いきなり音楽が始まるわけじゃないですか。ただ、その緊張や震えというのをフィギュアの選手は見せない。あの中であれだけの要素をこなすのは、本当にすごいなと思っていて、どうやっているのかなと?
小塚 緊張に関して言えばルーティンしかないと思っています。曲が始まるまでのルーティンで、しっかりと自分をだまして曲に入っていくことによって、緊張が最後に自信となる。もちろん練習をしているから、それが自信となっていく。それで曲がかかった瞬間に震えがピタッと止まって、「さあ行け」というような感情に変わるんです。
藤森 ルーティンというのはどこから作っていくのですか? 朝からなのか、それとも会場に入ってアップしたときからなのか、それとも本当に直前なのか。
小塚 朝の練習は毎回もちろん体の調子が違って、やはりできるときとできないときがあるので、ホテルに一度帰ってからですね。そこから夜の本番まで時間があるので、部屋の中で少しダンスの基礎をやってみたり、あとはシャワーを浴びる時間も決めてやったりと、そういったことを全部決めていました。
藤森 なるほど、ルーティンか。
小塚 あとはさっきのだますじゃないけど、ウォームアップをすると心拍数が上がるので、緊張したときと同じ状態を作れる。だから自分でわざと心拍数を上げて、緊張しているのと紛らわせるということはやっていた。本当に自分をだますことばっかりやっていましたね(笑)。
藤森 そうなんですね。参考になります。
スノーボードは非日常的な経験ができる
自然の中で滑れることがスノーボードの魅力でもある。「純粋に楽しんでもらえる人が増えたら」と藤森は願っている 【Photo by Streeter Lecka/Getty Images】
小塚 フィギュアスケートは今、いろいろな人に見てもらえるスポーツになったと思うんです。テレビでも地上波のゴールデンタイムでやってくれる。ただ、僕としては見るスポーツだけではなくて、もっとやってもらう、試してもらうスポーツにしていきたいと思っています。
フィギュアスケートというのは、やっぱり少し怖いイメージがあるんですよね。そうではなくて、もっと簡単に始められるし、間口を広げていければいいなと思います。せっかく見てくれる、興味を持ってくれている人たちが多いので、そういう人たちをどんどんスケートをやる方に引っ張り込んでいけたらいいと思いますし、「スケートは楽しいよ」と伝えていきたいと思っています。
藤森 長野五輪のころ、スノーボードはすごく盛んになったと思うんです。でも、それ以降は競技人口やスノーボードをする人がどんどん減ってきていると聞いています。スノーボードはお金がかかるスポーツだと思うんですよ。普通に行くにしても、私だったらけっこう面倒くさいと思ってしまう。寒いし、チケットや高速代、ボード、ブーツ、ウェアとお金がかかる。でも1回そろえてしまえば何回でも行けるし、自然の中でこんなに非日常的な気持ちいい経験ができるのというのはリフレッシュにもなる。歳を取ってもできるので長く楽しめるスポーツだと思います。
私はスノーボードをやっているとすごくリラックスできるんですよ。自然の中で気持ち良い空気を吸って、フレッシュな雪の中でスピードを出したり、風を切って進める。そういったことがスノーボードの魅力だと思っています。こういう気持ち良さをもっと皆に知ってもらいたい。今はスノーボードに少し悪いイメージが付いているかもしれないけど、純粋に楽しんでもらえる人が増えたら私もうれしいなと思っています。
――藤森選手は今後どういうキャリアを送っていきたいと思いますか?
藤森 私にとって今回で五輪は最後にしているので、今後どう進んでいくかは分からないんですけど、私が今まで世界を転戦してきた中で経験してきたことを、スノーボードに関係することでも何でも、いろいろな人に伝えていけたらいいなと思っています。やっぱり日本人というのは、海外に行っても鎖国的なイメージが少しあって、もちろんそれは言語の問題でもあると思うのですが、もっと日本人が活躍できる場が世界でも増えたらいいなとはすごく感じるんですね。何かそういうことに携わって、もっと活躍の場が増える環境を作っていけたらいいなと漠然と思っています。
――最後に、藤森選手は平昌五輪でご自身のどういうところを見てほしいですか? そして小塚さんはどういう点に注目していますか?
藤森 そうですね……おばちゃんでも頑張ってま〜すみたいな(笑)。
小塚 さっき年齢(現在31歳)のことは言わないって……(編注:前編で「私は歳だから」と言わないと話していた)。
藤森 すみません(笑)。技術的な部分では特にないんですけど、競技転向をして3年でここまで来て、五輪に出ているという背景を含めて、私という選手を見てもらいたいなと思っています。それで何かやりたいことを悩んでいる人の背中を押すきっかけになればいいかなと。五輪を通じてそういうことを伝えていきたいですね。
小塚 やっぱり五輪というのはすごく影響力の大きいものだと思うんですね。スポーツを普段見ない人でも五輪となると見てくれる。だからそこで見てくれた人たちをいかに取り込むか。でも、これはフィギュアスケートという競技だけで頑張ってもどうにかなることではないんです。いろいろな選手、オリンピアンでも国際舞台に出た選手でも、フィギュアスケートないし冬季スポーツを頑張っていた人が、皆で盛り上げていくことが必要だと思っています。
たとえば3泊4日くらいの合宿みたいな形で皆でどこかに行って、スケートもスキーもスノーボードもカーリングも、いろいろ経験できる場があったらいいなと思っています。そこで一回、そのスポーツを経験したあとに、五輪を見ることによって「この選手たちはすごいんだな」と思ってもらえる。そうやって五輪を楽しめるようになればいいなと思っています。
(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)