レスリング女子50キロは群雄割拠の争い 過酷な国内大会は主役不在の決勝戦に

布施鋼治
 決勝のマットに主役となるべきふたりの姿はなかった。「平成29年度天皇杯全日本レスリング選手権大会」女子フリースタイル50キロ級決勝戦(12月23日、東京・駒沢体育館)。22日の予選前日にトーナメント表が発表になった時点では、誰もが須崎優衣(JOCエリートアカデミー/安倍学院高)と登坂絵莉(東新住建)の決勝を期待した。

高3・須崎が登坂不在の間に台頭

決勝を争うとを目された須崎(左)と登坂の胸には銅メダルがかけられることになった 【奥井隆史】

 今年8月、須崎は高校生という身分ながらシニアの世界選手権48キロ級に初出場して初優勝という快挙を達成した。一方の登坂は2016年のリオデジャネイロで金メダルを獲得した五輪のヒロイン。中でも残り時間5秒で逆転勝利をモノにした決勝での彼女の勝負強さは五輪史上に残るドラマだった。
 足の負傷を押してリオに出たため、その後は治療に専念。復帰したのは今年9月に静岡県三島市で開催された全日本女子オープン選手権だったので、約1年1カ月の実戦のブランクを作ったことになる。

 登坂が欠場している間に、女子48キロ級で最も台頭したのは須崎だった。リオの時、彼女はまだ高2だったので、登坂と直接対決したことはない。しかし、強化合宿では何度となく手を合わせ、その実戦さながらの激闘は関係者の間で話題になっていた。

 世界チャンピオンvs.五輪チャンピオンの頂上対決こそ、今大会のメインを飾るべく黄金カードだった。しかし、準決勝で須崎は入江ゆき(自衛隊体育学校)に0−10という大差をつけられ、テクニカルフォール負けを喫してしまう。

 2年前、初めて出場した全日本選手権決勝でも須崎は入江にフォール負けを喫しているが、その後の直接対決では須崎が2戦2勝をマークしている。世界チャンピオンにまでなった須崎の前に立ちはだかる壁は登坂だけと思われたが、入江は俊敏性に優れたフットワークを駆使して、一度も須崎にタックルを決めさせなかった。潔く敗北を認めた須崎は2年前と同じ負け方をしてしまったと試合を振り返った。

「気持ちでは勝つと思っていたけれど、相手の技が上手でした。調整はうまくいっていたので、自分が弱かっただけです。試合前に戻ることはできないので、また一からの気持ちで頑張ります」

登坂、強行出場も無念の棄権

 もうひとりの主役──登坂は9月の全日本女子オープン選手権で復活の優勝を遂げた後の強化合宿中に予期せぬアクシデントに巻き込まれた。須崎とのスパーリング中に足首とヒザを負傷してしまったというのだ。

 登坂を育て上げ、その現場に居合わせた栄和人日本協会強化本部長の証言。
「(女子オープンで優勝することで)全日本選手権に出場する権利を得て、徐々に調子を上げてきた矢先の出来事でした。世界チャンピオンになった須崎ともいい勝負ができるようになって、『これは須崎にも勝てるんじゃないか』と思った時にやってしまった」

 ケガの回復具合は思わしくなかった。「全日本選手権を欠場するのでは?」という噂が立ったのはそのせいだ。案の定、登坂はギリギリまで出場するか否かを決めかねていた。
「前日の夜まで、ものすごく悩みました」

 それでも、登坂は「いまの自分がどこまでやれるか挑戦したい」というピュアな気持ちとともにマットに上がってきた。

須崎は2年前も敗れた入江に再び苦杯をなめた 【奥井隆史】

 初戦となった加賀田葵夏(青山学院大)との準々決勝。試合開始早々、しつこく片足タックルで攻めたて2ポイントを先制したまではよかったが、すぐに反撃を許して同点にされる。その後も登坂がリードしては追いつかれる展開が続く中、6−4で逃げ切った。

 あまりにも本調子ではない登坂の動きを目の当たりにして、栄強化本部長は緊急会見を開いた。「このまま接戦で勝ち上がったとしても、もう一回ヒザや足首を痛めて悪化させる可能性が高い。自分の判断で棄権という結論を下しました」

 登坂も「やっぱり難しかった」と師の判断に納得した様子だった。「攻めることはできたけれど、ディフェンス面が足りなかった。試合に出られることが少なくなってきて、試合勘がなくなってきていると感じる。自分自身ケガをしている中で今年はやってきたし、初めての当日計量は出てみないと分からないので出場したい気持ちが大きかった」

 2018年から国際ルールの変更に伴い、今大会から階級は変更され、女子の最軽量級は50キロ級になった。さらに試合はワンデートーナメントから2日間にわたるトーナメントに変更され、計量は当日と2日目の2度行われることになった。登坂が「1日も早く新しいルールに慣れておきたい」と思ったのは東京五輪で連覇を狙うトップアスリートとしてしごく当然だろう。

世界一が決まる来年6月の全日本選抜

決勝で敗れ涙した五十嵐(左端)と、大会を制した入江(左から2番目) 【奥井隆史】

 結局、決勝は須崎を破った入江と準決勝を不戦勝で勝ち上がった五十嵐未帆(至学館大)の争いとなり、須崎戦に続いて取るべきところでしっかりとポイントを加算していった入江が2年ぶり2度目の優勝を飾った。

 先輩である登坂の思いを胸に秘め、マットに上がった五十嵐は「絵莉さんに申し訳ない気持ちでいっぱい」と悔し涙を流した。

「自分には絵莉さんのように(土壇場で)逆転できる力がまだまだない。練習でも負けていたらもう一本やったり、補強でも人一倍努力している絵莉さんを見習いたい」

 真の世界一を決める夢の対決は、来年6月開催の全日本選抜選手権以降にお預けとなった。今大会で須崎を完封した入江も、その中に割って入ってくるだろう。いみじくも群雄割拠の50キロ級を登坂は「決勝まで誰が上がるか分からないレベルの高い階級」と表現した。世界選手権で優勝するよりも過酷な国内の最軽量級の争いは、2020年の東京五輪まで続くのか。
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著者プロフィール

1963年7月25日、札幌市出身。得意分野は格闘技。中でもアマチュアレスリング、ムエタイ(キックボクシング)、MMAへの造詣が深い。取材対象に対してはヒット・アンド・アウェイを繰り返す手法で、学生時代から執筆活動を続けている。Numberでは'90年代半ばからSCORE CARDを連載中。2008年7月に上梓した「吉田沙保里 119連勝の方程式」(新潮社)でミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。他の著書に「東京12チャンネル運動部の情熱」(集英社)、「格闘技絶対王者列伝」(宝島社)などがある。

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