川内優輝はなぜ海外連戦ができるのか? お金をかけず、賢く転戦する仕組み
「メリットのほうが多い。どんどん挑めばいいのに」
「日本代表は五輪や世界選手権しかないと思っていた」という川内だが、海外マラソンに勝って日の丸を掲げると、「いいな、国際大会だ!」と感じるのだという。写真は優勝した2013年ゴールドコーストマラソンのもの 【写真は共同】
私の場合はかなりコーディネーター任せな部分があります。ただ、私の練習仲間にも何人かブロンズラベルの人がいて、多少(英語が)おかしくても意思が伝わればうまくやり取りできるので、英語翻訳サイトなどを使いつつ、大会事務局とやりとりして出場しているという人もいます。(マラソンは)自分がよく知っている分野なので、単語を並べて交渉くらいはできるんです。私も英語が話せればもっといろいろできるのになと、常に思っているんですけどね(苦笑)。
――海外レースに出場するメリットを教えてください。
日本のレースではケニア、エチオピアといったアフリカ勢が、多くても5、6人で、10人いたらかなり多い。でも、隣の韓国まで足を伸ばせば、20人くらいのアフリカ勢に囲まれて走るというレースがあるわけです。その中でいろいろな駆け引きをしながら走るというのは、4、5人の場合と全然違いますし、その中でもしっかり上位に食い込んでいけるし、場合によっては優勝もできる。そうするとやはり自信になります。それに、日本はレース自体きっちりしていますが、海外だと給水所がゼッケンの偶数、奇数でボンボンと2カ所しかなかったり、係員によって言うことが違ったり……。私もすごく神経質な方なので嫌なんですけれど、海外でそういう経験をしていると「まぁ、そんなもんか」というふうにだんだんなってきて、メンタル的に本当にすごく強くなりますよ。
――逆に、海外レースに出るデメリットはありますか? 海外では時差ぼけなどで、体調管理が難しい面もあると思いますが。
不測の事態が起きる可能性はもちろんありますが、デメリットってほとんどないと思います。基本、自分が行きたいレースに挑むわけですから。そこは慣れですね。初めはデメリットかもしれないけれど、それが緩和されていくと、「こういうふうにすればうまく調整できるんだな」ということが分かってきて、逆に「今回はこれでうまくいったから、次もこういうふうにしよう」と、どんどん楽しくなってくる。メリットのほうが多いので、どんどん挑めばいいのにと思います。
指導者こそ考え方を変えるべき
日本代表レベルの位置にいない選手こそ「自分にはどんな価値があるかを調べてほしい」と川内は訴える 【赤坂直人/スポーツナビ】
ただ、他の選手にも海外に挑戦してほしいと思う一方で、そうはいかない若手ランナーの傾向も感じているという。33本の海外レースを経た今、川内が後輩たちに伝えたいことは何なのか。
――海外レースに興味を持つ若手選手もいるかと思います。彼らに自身の経験を話すことはありますか?
するときはありますね。興味がありそうな人にはそういう話はしますけれど、やはりラベリング制度について知らない人が多いです。しょうがないと思うんですよね。(実業団は)チーム事情で回っているので、自分で考えるというよりは監督に「どう?」と言われたからやってみるというのが、若い選手の場合は多いと思います。
でも、元から海外レース自体に興味がない人もいるので、本当に海外に挑戦する、自分の可能性に挑戦することが面白いと思える選手でないと、おそらくラベリング制度を知ってもそれを生かそうというふうにはならない。私が会っている選手だけかもしれませんが、どちらかというと駅伝や日本代表にしか興味がない選手が多くて。ニューヨークでどうとか、ボストンでどうとか、そういう話題に目を輝かせる選手はそんなに多くない感じがします。
――もし、ラベリングの記録を満たした選手が、川内選手のように海外レースに挑戦したいと思った時、まずすべきことは何でしょう?
オーストラリアなどの南の島系の大会は日本事務局がしっかりしていますので、彼らを頼れば間違いなくコーディネートしてくれると思います。まずはHPに掲載されている日本事務局の連絡先に問い合わせてみると良いと思います。実際に自己新記録を出した(2013年の)ソウル国際マラソンでは、そのような方法で問い合わせをしたことで招待選手枠や現地サポートを得ることができました。それ以外でどんな世界があるのか興味がある人は、エージェントを探すのが一番大事ですね。
おそらく監督やコーチも(ラベリング制度を)知らない人がいるので、チームに相談しても「俺たちも海外に行かせたいけど、チームにお金がないから仕方ないじゃないか」となってしまうかもしれません。でも、会社からお金を出してもらって行くという考えはもう古くて、大会からお金を出してもらって行くというのが今の時代です。実際、知っている人は選手を海外に送り出しています。逆に送り出さずに「海外レースなんてものはお金がかかるんだから、派遣以外は無理だ」という人たちがいるということ自体が、さまざまな選手の可能性を摘んでしまっているような気がします。
――世界の舞台で、各国のトップランナーたちとこれほど頻繁に競い合ってきた日本選手はいないと思います。海外転戦を続けてきて、今若い選手たちに伝えたいことは?
非常に多くの選手が良いタイムを大学時代に出しているので、自分のタイムが一体どれくらいの価値があるのかをしっかり調べた方がいいのかなと思います。箱根駅伝に向かって一生懸命頑張ったことによって、結果的にハーフでラベリングの基準を満たして、実は世界への切符を手にしていたということもあります。箱根が終わって「次は日本代表かな、ニューイヤー駅伝かな」と思う前に、「あ、自分はシルバーラベルだ」「ゴールドラベルだ」と認識して、「自分の権利を使ってちょっと海外でやってみようかな」と、ちょっと変わった発想を持てると、きっとより走るのが楽しくなると思います。
たとえ陸上を辞めようと思っていた人でもラベルを持っていれば、チームに入らなくても、エージェントと組んで少なくても3年間は自由に活動できます。世界を知らないまま競技を終えてしまうのはある意味もったいない。「箱根から世界へ」と言われていますが、実際に箱根くらいのタイムで走れたら、ラベリング的には世界につながります。これだけ毎年、何百人も(箱根に挑む選手が)いれば、きっと私と同じように世界に挑戦することに興味を持つ人はいると思うんです。そういう選手って、日本代表の位置を狙えない人のほうが多いかもしれない。ですから、悔しい想いを抱えて競技を卒業していこうとしている人にこそ、自分の持ちタイムにはどんな価値があるのか最後に調べてほしいと思っています。自分自身の歩んできた道に自信を持つためにも。
(取材・文:小野寺彩乃/スポーツナビ)