明暗を分けた風間采配と田口の同点弾 J1昇格PO準決勝 名古屋vs.千葉

宇都宮徹壱

シモビッチのハットで名古屋がリベンジ

最終節に続いて先発起用されたシモビッチ(中央)。ハットトリックを達成して期待に応えた 【宇都宮徹壱】

 前半の名古屋は、右サイドからたびたびチャンスを作っていた。25分、右FWのガブリエル・シャビエルがボールを戻し、田口泰士のクロスにシモビッチが頭で合わせるが、これは千葉GK佐藤優也がセーブ。31分、逆サイドからのボールを受けたガブリエル・シャビエルが青木亮太にラストパスを送るも、シュートは枠をとらえることはできなかった。チャンスを決め切れないまま、前半のアディショナルタイムは2分と表示される。すると、これまで受け身に回っていた千葉にチャンスが訪れる。左のショートコーナーを起点に、為田大貴が低いクロスを供給すると、中央でラリベイが左足かかとでコースを変えてゴールイン。直後に前半終了のホイッスルが鳴った。

 ハーフタイムの風間監督の指示は「ラストパスを正確に、質にこだわる」「自信をもってボールを受ける」「勝つことに集中する」というもの。失点こそしたものの、基本的には「そのままでいい」という判断である。その後もゲームの主導権を握った名古屋は、ついに後半16分に同点に追いつく。シモビッチから田口へのパスは、いったんは対応した近藤にクリアされるも、ボールは田口の手に当たって足元に収まる。近藤はハンドをアピールするもプレーオン。田口はそのままボールを運んで、左足でネットを揺らした。その後、ゴールシーンが大型スクリーンで流れると、明らかにボールが田口の手に当たっているとして、千葉のゴール裏からは猛烈なブーイングが発せられた。

 ところが千葉は、その5分後にも痛恨の失点を重ねることになる。後半21分、名古屋GK武田洋平のパントキックが相手最終ラインの裏まで延びてバウンド。前進していた千葉GKの佐藤優は、慌ててヘディングでクリアしようとするも、後方にそらしてしまう。そこに走り込んできたシモビッチが、右足で流し込んで逆転に成功。さらに後半41分には、右サイドからカットインした青木のスルーパスにシモビッチが反応し、ワンタッチでダメ押しの3点目を決める。このプレーオフでは、レギュラーシーズンの上位チームは引き分けでも勝者となる。千葉が決勝に進出するためには、残り4分とアディショナルタイムで、あと3点を挙げなければならない。

 しかし千葉は、決して諦めることはなかった。ピッチ上の攻防も、そしてスタンドの応援も、さらに熱を帯びていく。終盤、パワープレーでゴールを目指した千葉は、後半45分にPKを獲得。これをラリベイがきっちり決めて、点差は1点差に縮まる。しかし、まだあと2点が必要だ。表示されたアディショナルタイムは5分。奇跡を起こす可能性は十分にある。が、この日の名古屋の守備のブロックは固く、集中力も最後まで途切れることはなかった。しかも45+5分には、今度は名古屋がPKを獲得する。これをシモビッチが決めて、ハットトリックを達成。終わってみれば4−2のスコアで、名古屋がレギュラーシーズンのリベンジを果たすとともに、プレーオフ決勝に進出した。

田口の「ハンド見逃し」をどう考えるべきか?

試合後、サポーターと喜びを分かち合う佐藤寿。今ではすっかり名古屋の顔に 【宇都宮徹壱】

「(中盤の)両サイドと真ん中を埋めることで、そこはしっかり押さえられるのかなと。(相手の攻撃は)ある程度のパターンがあるので」

 試合後、風間監督は3バックにシステムを変える決断の理由をこう述べている。実際、中盤の枚数を増やしたことで、名古屋は多くの時間帯でゲームを支配することができた。それに加えて、前線にシモビッチを据えたことも大きかった。確かに、199センチの高さは相手にとって脅威だが、この日の3得点はいずれも右足から。むしろシモビッチの起用は、田口や青木の積極的な攻撃参加を引き出し、彼自身も周囲のサポートを生かしながら伸びやかにプレーすることができた。

 そしてもうひとつ、試合の流れを決定づけたのが、後半16分の田口による同点ゴール。ファン・エスナイデル監督も「引き分けにされたゴールが分岐点だった」と語っていたが、あのゴールは単なる同点弾ではなく、「ハンドではなかったか」という心理的ダメージを選手に与えることとなった。もっとも、不可避な状況でボールが手に当たっていた状況を考えるなら、あのジャッジを「誤審」と断じるのはいささか無理があるだろう。加えてホイッスルが鳴らない以上、そのままゴールを目指すという田口の判断もまた、プレーヤーとして当然のものであった。

 最後に、試合後の2つの印象的な出来事について触れておきたい。まず千葉のエスナイデル監督が「この敗戦は残念だが、きっと来年につながる」と語っていたこと。残念ながら今季も昇格の夢を絶たれた千葉だが、指揮官がもたらしたさまざまな改革が実を結べば、来季は自動昇格も決して夢ではないように思う。もちろん千葉のサポーターにとっては、受け入れ難い結果であることは間違いないだろう。それでも今年のシーズン終了は、いつもとは違う手応えが感じられたのではないだろうか。

 それからもうひとつは、佐藤寿がすっかり「名古屋のヒサト」になっていたこと。この日はシュートゼロで後半9分に退いたものの、試合後はゴール裏からからトラメガを借りて自らチャントを歌い、サポーターと一緒に勝利の喜びを分かち合った。開幕直前のインタビューでは、「今年は(名古屋の一員として)クラブと地域を近づけたい」と語っていた佐藤寿だが、今ではクラブの顔として不可欠な存在となっている。

 そんな名古屋と決勝で対戦するのは、東京Vを1−0で破った福岡。決勝は12月3日、豊田スタジアムで行われることが決まった。どちらが勝っても1年でのJ1復帰というのは、プレーオフがスタートして初めてのケースとなる。今季のJリーグを締めくくるラストゲームとなる大一番。果たして、最後に笑うのは名古屋か、それとも福岡か。そんなわけで来週もまた、新幹線のぞみに飛び乗って、今度は決戦の地・豊田を目指すことにしたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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