最終ラインへ、山口素弘の決断 集中連載「ジョホールバルの真実」(12)

飯尾篤史

逆転を許した直後、山口素弘は独断で勝負に出た 【写真は共同】

 逆転を許した直後、山口素弘はイランの変化に、いち早く気が付いた。
「イランが2トップにしてきたように感じたんです」
 山口はそこに、イランの弱気な姿勢を感じ取った。なにせ彼らがジョホールバルに入ったのはわずか2日前のことなのだ。しかも、前半は日本に揺さぶられたうえに、三浦知良と中山雅史のアグレッシブなプレスを受けて、体力を消耗しているはずだった。
 残り時間は30分――。このまま、逃げ切りを図りたいと考えても無理はない。
 山口は、独断で勝負に出た。
「相手も守りたいんだなって思ったんです。だったら、こっちは勝負に出るしかない。僕がさらにポジションを下げてフォアリベロのようになって、サイドをさらに高くしようと。だから、直樹(相馬)と名良橋(晃)に『上がっていい』と伝えたんです」

 もともと山口は、攻撃の組み立てや前に出ていくプレーを得意とする攻撃的なボランチだ。所属する横浜フリューゲルスではセザール・サンパイオ、日本代表では本田泰人といった守備的なボランチとコンビを組んだときに、持ち味を最も発揮した。
 だが、代表チームでは攻撃的MFからボランチにコンバートされた名波浩とコンビを組むようになる1996年の夏以降、役割が変わり始める。名波の攻撃力を生かすため、バランスを取ることに意識を大きく傾けるようになったからだ。
 そんな山口を、岡田武史は監督就任2試合目となるUAE戦でスタメンから外している。

「素さんが『俺がカバーするから前に行け』と言ってくれて、心強かった」と名良橋(写真)は述懐する 【写真:岡沢克郎/アフロ】

 この試合から導入された4−4−2の可変システムでは、攻撃時にワンボランチとなるため、そのポジションの選手には後方にとどまってバランスを取ることと、守備力が求められる。そのため、岡田は山口ではなく、本田をスタメンに指名した。
「思い出すのは、UAE戦前の静岡キャンプですね。紅白戦で下平(隆宏)とボランチを組んだんです。下平は守備的なタイプだから、自分が前に出ていった。そうしたら、岡田さんが『そうじゃないんだよな』と。自分としては相手の特徴に合わせただけで、岡田さんが求めていることは理解しているつもりだったんですけどね」
 UAE戦の後半11分から本田に代わって出場した山口は、岡田の求めるワンボランチのプレーを実行すると、続くソウルでの韓国戦からスタメンに返り咲いた。
 イラン戦ではさらに自らの判断でディフェンスラインに入るほどにポジションを落とし、守備の役回りを買って出たのだ。
「素さんが『俺がカバーするから前に行け』と言ってくれて、心強かった」と名良橋は言う。岡田がメンバー交代を思案しているとき、ピッチ内では山口、井原正巳、秋田豊が3バックを形成する、変則的な3−4−1−2へとシステムを変え、反撃体制を整えていたのだ。

<第13回に続く>

集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日
第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜
第3回 クアラルンプールでの戦闘準備
第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの
第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為
第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い
第7回 イランの奇策と岡田武史の判断
第8回 スカウティング通りのゴンゴール
第9回 20歳の司令塔、中田英寿
第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム
第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド
第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断
第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代(11月8日掲載)
第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト(11月9日掲載)
第15回 起死回生の同点ヘッド(11月10日掲載)
第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟(11月11日掲載)
第17回 最後のカード、岡野雅行の投入(11月12日掲載)
第18回 キックオフから118分、歴史が動いた(11月13日掲載)
第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い(11月14日掲載)
第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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