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誰もが驚いた2トップの同時交代
集中連載「ジョホールバルの真実」(13)
2トップの同時交代には誰もが驚いた
2トップの同時交代には誰もが驚いた【写真:FAR EAST PRESS/アフロ】

 最初に声をかけられたのは呂比須ワグナーだけだった――と城彰二は記憶している。

「ベンチからロペが呼ばれたんです。これまでの活躍を考えれば、ロペが先に出るのは当然だと思いましたね。だから、僕か岡野(雅行)くんのどちらかがゲーム終盤に投入されるんだろうなって」

 しかし、城が「ロペ、頼むぞ」と言って呂比須を送り出して戦況を眺めていると、すぐにベンチから「城、おまえもだ!」という声が飛んできた。

「え、マジで!?って。それで慌ててベンチに戻ったんですけど、これまでFWを2人同時に代えることはなかったから、びっくりした。のちに岡田(武史)さんとあらためて話す機会があったんですけれど、なんで僕を呼んだのか分からないらしいです。僕の名前がパッと頭に浮かんだみたいで」

 前夜に岡田と入念なシミュレーションを行っていた小野剛も、「さすがにFWを2人同時に代えるというシミュレーションはしていませんでしたね」と証言する。

 この交代について、岡田はのちにこう明かしている。

〈確かに初めは呂比須だけ入れるつもりだった。でも、それではインパクトが弱いと思って、ふたり同時に代えることにしたんだ〉(『Sportiva』2008年2月号)

 徹底的に準備したからこそ降ってきた「ひらめき」だったのである。


 気持ちの準備ができていなかった城だが、頭の中は冷静だった。ウォーミングアップをしながらピッチ内を眺め、イランの弱点を見極めていた。

「中央の守備はかなり堅いんですけれど、クロスに対するマークが甘いと感じた。だから、クロスに対してどう入っていくか。そこがポイントだなと考えていました」

 もしかすると、ピッチに立つ選手の中で、FW2枚替えの動きを最初に認識したのは、右サイドバックの名良橋晃だったかもしれない。

 日本は後半、メーンスタンドから見て左から右に攻めていた。つまり、右サイドのタッチライン際からは、日本のベンチやウォーミングアップする選手たちの動きが目に入りやすいのだ。

「え、2人!? 誰と誰を!?って。で、すぐに、もしかしてこれは……と」

 イランの逆転ゴールから5分後、ピッチサイドで第4の審判が「11」と「18」の数字が光る交代ボードを掲げた。タッチライン際に城が立ち、少し下がったところに呂比須がいた。その近くでは岡田が「ゴン、ゴン」と叫んで手招きし、ピッチ内ではいったん戻りかけた三浦知良(カズ)が立ち止まり、胸を指しながら「俺? 俺?」と確認している。

 このシーンについて、カズはのちにこう振り返っている。

〈ああいうときって2人並んでても、(中略)1人だけ出ていって、また1分か2分後に入ったりとか。ちょっと待てというときがあるじゃない。僕行こうとしたら、呂比須が城よりちょっと後ろに下がっていたでしょ。最初、11、18と出たから、ああ、僕だなと思って行こうと思ったときに、岡田さんが「ゴン、ゴン」ってやって(手招きして)いるから、僕じゃないのかなと思って、「俺か、俺か」ってやったら2人ともだって言ったから、交代した〉(『Sports Graphic Number』1997年12月18日号)

 この2枚替えがピッチに与えたインパクトは、絶大だった。

「ええー、2枚替えかよ、カズさんかよ、って思った。聞いてないよ、練習でやったか?という感じ。でも、思い切ったな、いくしかないなって」

 20年を経てもなお、興奮を含んだ口調で北澤豪が振り返る。

 北澤と同じように「思い切ったな、と思った」と言う山口素弘は、今は監督を経験した者ならではの感想を抱いている。

「あのとき、岡田さんはコーチから監督になられて、まだ数試合だったでしょう。だからこそ、逆に思い切ったことができたのかもしれない。いずれにしても、あの采配でスイッチが入った。2人ともヘディングが強いから、よりいっそうサイドを高い位置に取らせたほうがいいな、と思いました」

 カズ、中山雅史とがっちり握手を交わした城、呂比須が、ピッチの中へ駆けていく。

 残り時間は約30分、日本は攻めるしかなかった。


<第14回に続く>

集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日

第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜

第3回 クアラルンプールでの戦闘準備

第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの

第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為

第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い

第7回 イランの奇策と岡田武史の判断

第8回 スカウティング通りのゴンゴール

第9回 20歳の司令塔、中田英寿

第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム

第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド

第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断

第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代

第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト(11月9日掲載)

第15回 起死回生の同点ヘッド(11月10日掲載)

第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟(11月11日掲載)

第17回 最後のカード、岡野雅行の投入(11月12日掲載)

第18回 キックオフから118分、歴史が動いた(11月13日掲載)

第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い(11月14日掲載)

第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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飯尾篤史
飯尾篤史
東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書として『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)、城福浩『Jリーグサッカー監督 プロフェッショナルの思考法』(カンゼン)などがある。

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