川崎とC大阪の数奇な運命 ルヴァン杯の勝敗を分けたリーグ戦の戦い

江藤高志

チームを変革させた奈良の言葉

青空ミーティングでの奈良の言葉から、川崎はサボる選手が目立つように変わっていった 【(C)J.LEAGUE】

 この青空ミーティングの中、チームを変える言葉を投げかけたのが奈良だった。このとき奈良は、小林の負担が重すぎると感じていたと話す。

「悠くんも今年からキャプテンになりました。いろいろとチームを引っ張らないととか、自分がプレーで示さないとと思っていると思いますが、それって別にチームみんながしっかりとしたプレーをしていれば、悠くんだけの負担になることもない」

 そう考えていた奈良は、今季のチームを変革させる重要な言葉を口にしている。

「やっている人が浮いたり、目立ったりとか。今、そういうチーム状況がぼくは良くないと思っている」

 そうではなくて「やっていないやつが目立つチームにならないと。だからまだそういうチームとしての基準が低いなというのは感じていた」と言う。思いをぶつけ合ったこの即席青空ミーティングをはさみ、チームの基準が反転。浮く選手は、必死で頑張れない選手になった。

 チームの転換点となったこの出来事から半年後の10月31日。反転した基準の中で練習を積んできた板倉滉は「今のチームはサボる選手が目立つ」状態にあると話している。たった1つのプレーですらサボれない環境が、ベテラン選手を例外扱いしない激しいプレスを現実のものとした。

 この結果、中村憲剛は「今年は守備のところにもよりどころがある。それができたことで、最後まで粘り強く諦めずに戦えるチームになってきている」と胸を張る。ベガルタ仙台とのルヴァン杯準決勝の死闘(2戦合計5−4)は、そんなチームの戦いの哲学が浸透したからだとも言える。

チームへの手応えが伝わる小林の言葉

ルヴァン杯決勝に向けた小林(右)の言葉からは、チームへの手応えが伝わってきた 【(C)J.LEAGUE】

 ルヴァン杯決勝を前に意気込みを問われた小林は、次のように述べている。

「もう今さら何かを変えられるわけじゃないですし、しっかり今までやってきたことをどれだけ自信を持って出せるのかだと思う。特別意識し過ぎず、自分たちが今年やってきたことを楽しみながらピッチで出せればいいと思います」

 何の変哲もないコメントではあるのだが、このコメントの中に鬼木監督が今季の川崎で積み上げてきたすべての要素が詰まっているように思う。

 頑張る選手が浮かない環境と、やってきたことに対する自信。それを出すことで楽しめるサッカーになる。決勝を前にジタバタするのではなく、決勝戦だからこそ、自然体で臨む。そうすれば自ずと結果が付いてくるだけの準備ができている。そんな手応えが小林のこの言葉から伝わってきた。

C大阪もまた、第28節の川崎戦が契機に

悲願の初タイトルを手にしたC大阪もまた、第28節の川崎戦が契機になっていた 【宇都宮徹壱】

 しかし、現実は残酷だった。数奇な運命が勝敗を分けた。

 川崎がC大阪戦での惨敗を契機にチームを立て直したとすれば、C大阪も川崎戦での惨敗を糧にしていた。リーグ終盤の第28節。等々力陸上競技場で行われ、1−5で大敗したこの試合が、C大阪の気持ちに火を付けていたのだという。

「どっちが勝っていてもおかしくはなかった」と試合を振り返る田中裕介は「等々力で負けたのが良かった」と話すと、こう言葉を続けた。

「あれで僕らは川崎と打ち合っても勝てないと(思った)。ある程度我慢というか、しっかり守備をしないといけないということが分かった」

 あらためて守備が大事だとかみ締めたC大阪は、川崎戦での大敗を契機に守備を立て直し、リーグ戦では現在3連勝中だ。ガンバ大阪とのルヴァンカップ準決勝を劇的に勝ち抜け、決勝進出を果たしていた(2戦合計4−3)。ルヴァン杯決勝ではベタ引きの守備をいとわない戦いを完遂。無失点で勝利を手中にした。

 お互いに影響を与え合った両チームが期せずして相まみえた試合は、運を味方につけたC大阪に軍配が上がった。川崎はチームの基準を変えるきっかけとなった奈良が出場停止に。その奈良に代わり出場したエドゥアルドのミスで失点するというなんともやりきれない展開になってしまった。

 結果的に川崎はまたもやタイトルを逃したが、これが鬼木監督の手腕を否定するものではないのは、ここまで作り上げてきた試合内容が証明している。胸を張ってリーグ戦の残り3試合を戦ってほしいと思う。

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著者プロフィール

1972年、大分県中津市生まれ。工学院大学大学院中退。99年コパ・アメリカ観戦を機にサッカーライターに転身。J2大分を足がかりに2001年から川崎の取材を開始。04年より番記者に。それまでの取材経験を元に15年よりウエブマガジン「川崎フットボールアディクト」を開設し、編集長として取材活動を続けている。

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