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焦りが見え隠れしたイランの挑発行為
集中連載「ジョホールバルの真実」(5)
決戦の2日前となる11月14日、日本代表はクアラルンプールから試合会場のあるジョホールバルに移動した
決戦の2日前となる11月14日、日本代表はクアラルンプールから試合会場のあるジョホールバルに移動した【写真は共同】

 11月12日、サウジアラビアが1−0でカタールに競り勝った。

 この結果、7日に最終戦を終えていたイランを抜いてグループAの1位になったサウジアラビアが、2大会連続となるワールドカップ出場を決めた。

 日本の対戦相手は、イランとなった。

 小野剛が分析したように、イランの個の能力はアジア最強だった。アジア最高のストライカーとの誉れ高いアリ・ダエイ、スピードと飛び出しが武器のホダダド・アジジ、突破力と精度の高いクロスで右サイドを切り崩すメフディ・マハダビキア、得点力と守備力を兼ね備えたアジア最高のボランチのカリム・バゲリ……。

 このとき、ダエイとバゲリはアルミニア・ビーレフェルト、アジジは1FCケルンと、3選手がドイツのブンデスリーガでプレーしていた。


 ただし、日本にとっての追い風もあった。

 最終戦でバゲリが退場となり、日本戦に出られなくなったのだ。小野が言う。

「ひとり誰かいないでほしいとすれば、バゲリだった。彼は守れるし、点にも絡んでくる。非常に厄介な存在でしたから、これは大きかった」

 さらに、最終戦の終了後、かねてから選手との確執がうわさされていたモハマド・マエリコハンが解任され、ブラジル人のバウディール・ビエイラが後任に就いた。つまり、日本戦はビエイラにとって初戦になる。どんな戦いを仕掛けてくるか分からない怖さがある一方で、連係面、戦術の浸透においては日本に一日の長があるはずだった。


 決戦の2日前となる11月14日、日本代表はクアラルンプールから試合会場のあるジョホールバルに移動し、夕方からトレーニングを行った。グラウンドは芝生の原っぱといった感じで、岡田武史や小野が想像したように非公開練習ができる環境ではなかった。

 だが、問題はなかった。それを見越してクアラルンプールで戦術トレーニングを済ませていたからだ。この日はコンディション調整に重きを置き、1時間ほど汗を流した。

 そこに、イラン代表の面々がやって来た。

 イランもこの日、ジョホールバルに入っていたのだ。しかし、日本とは大きな違いがあった。12日まで順位が確定しなかったイラン代表は、事前にマレーシアに入って身体を気候に慣らすこともできず、13日にテヘランを発ち、この日にマレーシアに着いたばかりだったのである。

 しかも、テヘランからクアラルンプールへのフライトが遅れたために乗り継ぎに失敗し、ジョホールバルに着いたのは、当初の予定よりもかなり遅い時刻だった。

 練習場は二面に分けられ、両チームが接触しないように配慮されていたが、イランはそんなことはお構いなしに、コーランを大音量で流し、横になってストレッチをしている日本の選手たちの頭の近くをランニングするなど、挑発を重ねた。

 だが、選手のストレッチをサポートしていた並木磨去光は、イランの選手たちの疲労を見逃さなかった。

「肩でハアハアと息をしていて、明らかに疲れていました。中東のチームは東南アジアの気候に弱い傾向があるし、これはチャンスかもしれない、と思いましたね」

 長時間のフライトと4時間を超える時差、さらに6時間の遅延による余裕のなさが、威嚇行為という形として表れたのかもしれない。

決戦前日、アジジはチームメートに背負われてロッカールームに消えたが……
決戦前日、アジジはチームメートに背負われてロッカールームに消えたが……【写真は共同】

 イランの余裕のなさは翌日、試合会場であるラルキン・スタジアムで行われた前日練習でも、異なる形で表れた。

 先に割り当てられたイランは1時間の非公開練習を行った。50分が経ったころにスタジアムが開放され、日本の報道陣が中に入ってしばらくすると、1対1のドリブルに興じていたアジジが見計らったように右膝を押さえてその場に倒れ、苦悶の表情を浮かべながら、チームメートに背負われてロッカールームに消えたのである。

 その後、アジジは車椅子に乗ってスタジアムをあとにし、ホテルでも見せつけるように車椅子を乗り回していた。陽動作戦であることは、明らかだった。

「これはチャンスだと思いましたね」と小野は言う。

「自分たちが持っているエネルギーには限りがあって、重要なのはそれをどこに何パーセント使うかだと思うんですよね。彼らは少なくとも持っているエネルギーのかなりの部分を陽動に費やした。相手のほうが上だと思っていたけれど、これはもらったかもしれない、と思いました」


<第6回に続く>

集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日

第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜

第3回 クアラルンプールでの戦闘準備

第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの

第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為

第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い(11月1日掲載)

第7回 イランの奇策と岡田武史の判断(11月2日掲載)

第8回 スカウティング通りのゴンゴール(11月3日掲載)

第9回 20歳の司令塔、中田英寿(11月4日掲載)

第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム(11月5日掲載)

第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド(11月6日掲載)

第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断(11月7日掲載)

第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代(11月8日掲載)

第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト(11月9日掲載)

第15回 起死回生の同点ヘッド(11月10日掲載)

第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟(11月11日掲載)

第17回 最後のカード、岡野雅行の投入(11月12日掲載)

第18回 キックオフから118分、歴史が動いた(11月13日掲載)

第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い(11月14日掲載)

第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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飯尾篤史
飯尾篤史
東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書として『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)、城福浩『Jリーグサッカー監督 プロフェッショナルの思考法』(カンゼン)などがある。

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