競泳・今井月、地元岐阜で取り戻した原点 笑顔の裏にある真摯な努力

田坂友暁

五輪出場も……苦しんだ2016年

高校1年でリオデジャネイロ五輪に出場。200メートル個人メドレーの準決勝に進出したが、得意の平泳ぎに課題も 【写真は共同】

 豊川高校に進学した16年は、今井にとってももうひとつのターニングポイントとなった。それは、今井を世間に知らしめた平泳ぎではなく、個人メドレーでリオデジャネイロ五輪の代表に入ったことだ。このとき世間は、平泳ぎも個人メドレーも泳げる、いわゆる『マルチスイマー・今井月』の誕生と見ていたが、そのことが今井を苦しめる結果になるとは誰も想像していなかった。

 初めての五輪本番は、思うような力を出し切れずに準決勝で敗退。初出場であったことを考えれば悪い成績ではないものの、この時点で今井は得意であったはずの平泳ぎの泳ぎに大きな問題を抱えていた。事実、リオデジャネイロ五輪のラップタイムを見ると、日本選手権よりも平泳ぎ部分の記録が2秒近く遅れている。その原因は、思うようにキックで水を捉えられていないことだった。
 五輪から帰国直後に出場したインターハイでは100メートル平泳ぎに出場し、1分08秒54で優勝を飾る。だが、今井は「キックがうまくいかなくて……」と首をひねる。

 夏のシーズンが終わっても、平泳ぎの調子が上がってこない。16年の冬場に出場したどのレースでも、平泳ぎでは思うような記録を出せず、いつしか今井からは笑顔が消えてしまっていた。

“恩師たち”の協力 地元に帰りフォーム見直し

 そこで年が明けた17年の2月、今井はある決断をする。豊川高校で指導を受ける小池隆治先生に相談し、岐阜県で通っていた本巣スイミングスクールの芝辻泰宏コーチに平泳ぎのフォームを見てもらおうと考えたのだ。豊川高校も快く協力してくれたおかげで、今井は数日間、地元に戻る許可を得た。

 小学生時代から今井を見てきた芝辻コーチの目は、確かだった。中学からたった4年間で10センチも伸びた身長。それに伴って増えた体重など、体の変化と感覚がかみ合っていなかったことを見抜き、微調整を加えていく。すると、今井は調子が良かったときの平泳ぎの感覚を呼び戻していく。慣れ親しんだ地元ということで、メンタル面でもリフレッシュできたのだろう。少しずつ、自信も笑顔も取り戻していった。

 そして今年4月の日本選手権で、平泳ぎでは代表権を得られなかったが、200メートル個人メドレーで世界選手権(ハンガリー・ブダペスト)の日本代表権を獲得。苦しみながらも、何とか世界への挑戦権を手にした。「平泳ぎ自体はまだまだですが、それでも少しずつ良くなってきています」と、今井の表情に明るさが戻ってきた。

自分と向き合う、心の強さ

今夏は世界選手権にも出場。200メートル個人メドレー決勝で自己ベストの泳ぎを見せた 【写真は共同】

 初の世界水泳選手権で、今井は200メートル個人メドレーで2分09秒99の自己ベストを更新して5位入賞を果たす。リオデジャネイロ五輪で達成できなかった、国際大会での決勝進出という目標をクリアした。

「リラックスして良い状態で挑めました。最後の自由形で耐えられるようになったのと、平泳ぎもキックで水が引っかかるようになってことがレースにつながりました」

 しかし、帰国後のインターハイや愛媛国体で出場した平泳ぎでは、まだ自己ベストから遠く及ばない記録でしか泳げていない。
 得意であり、大好きな平泳ぎで思うような泳ぎができず、いまだ結果が残せないことは、今井にとってつらい事実のはず。しかし、そんな苦行の中でも自分と向き合い、どんな物事にも真摯に取り組んだからこそ、個人メドレーで結果を残すことができた。“天真爛漫”な笑顔の裏に隠された心の強さこそ、今井が世界の舞台に立ち続け、戦い続けることができる大きな要因なのである。

 世界選手権で、今井はこんな言葉を残している。
「私にとって、平泳ぎも大切ですし、個人メドレーも大切です。だから、どちらか一方を頑張る、というのではなく、どちらもうまく両立できていけたらなって思っています」

 今井なら、きっとできる。

 来年の4月の日本選手権を皮切りに、競泳の18年シーズンが開幕する。その会場で、今井はきっと苦しみを脱出し、晴れやかな笑顔を私たちに見せてくれるに違いない。

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著者プロフィール

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かした幅広いテーマで水泳を中心に取材・執筆を行っている。

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