ドラフト上位候補を変えた母の涙
〜中央大の152キロ右腕・鍬原拓也〜
最速152キロのストレートで今ドラフトの上位候補にも挙がる中央大・鍬原
最速152キロのストレートで今ドラフトの上位候補にも挙がる中央大・鍬原【写真:高木遊】

 福井・北陸高時代に甲子園出場はないが、中央大で1年春から登板機会をつかんで強打者たちと対峙してきた鍬原拓也。その豊富な経験を生かして、今では最速152キロのストレートを軸に、シンカー、スライダーなど変化球とのコンビネーションが冴えるドラフト上位候補右腕にまで成長を遂げた。

鍬原の投球フォーム

(撮影:高木遊)

高校時代は147キロに通算22発

 その素質は、大学の大先輩である阿部慎之助(巨人)に憧れて軟式野球を始めた小学生時代から光るものがあり、奈良県御所市のホワイトイーグルスでは全国大会で16強入り。硬式野球に移行した中学時代は、橿原磯城リトルシニアでプレー。中学硬式野球日本一を争うジャイアンツカップで、投手2枚看板の1人として3位入賞に貢献している。


 またそれを同学年の他選手よりも成長が遅いはずである3月26日の早生まれの体で成し遂げていることからも、その潜在能力の高さが窺える。だが一方で、優れた才能を自ら手放そうとしてしまった時期がある。中学時代は少々ヤンチャな部分があり、高校で野球を続ける気持ちも次第になくなっていっていた。


 そんな時、正しい道を示したのが女手一つで育ててくれた母の佐代子さんだった。「野球を続けてほしい」と涙して懇願する母の姿を見て、鍬原は特待生として勧誘をしてくれた福井の北陸高へ野球留学することを決意した。入試の際に初めて北陸の地に立ち、雪の多さにたじろいだというが、寮生活を経て「親のありがたみが分かり、どれだけ迷惑をかけていたのかも思い知りました」と精神面も、その才能に追いつくようになった。


 すると、打者として高校通算22本塁打を放つ一方で、ストレートの最速を147キロにまで伸ばし、中央大に入学してから投手に専念した。

大きな転機となった3年春のリーグ戦

 決して層が厚いとは言えない投手陣の中で大学1年春から登板機会を掴んだが、高校までで培った能力と恵まれた才能だけで通用するほど大学野球は甘い世界ではなかった。2年を終えて、わずかに1勝。短いイニングのリリーフを任されていたとはいえ打ち込まれることもあり「自分の投球もよく分からず、ただ投げている状況でした」と振り返る。


 転機となったのは3年春のリーグ戦だ。チームは白星に見放され続けて開幕8連敗で最下位が決定。なかなか光明が見えない中での打開策の1つが鍬原の先発転向だった。そして最終週の専修大で先発して勝利投手となり信頼を勝ち取ると、2部優勝した青山学院大との入替戦で先発が決まった。


 しかし、その入替戦前に、鍬原は高熱を出してしまって調整が遅れ、1回戦の先発を回避した。1回戦に敗れて後がない状況で2回戦の先発となったが、「独特の緊張感はありましたが、体調が万全でないからこそ開き直ることができました」と笑うように、これまで5イニングまでの登板が最長だったにもかかわらず、なんと4安打で完封勝利を果たす大仕事をやってのけた。これで勢いを取り戻した中央大は3回戦でも勝利し、最後の1イニングを鍬原が締めて1部残留を決めた。

優しい口調で「母に恩返しをしたい」

大学3年春に入れ替え戦などを経験し、大きく成長。今はプロで活躍して、「母に恩返しをしたい」と語る
大学3年春に入れ替え戦などを経験し、大きく成長。今はプロで活躍して、「母に恩返しをしたい」と語る【写真:高木遊】

 鍬原はこの時を「一番の転機だったと思います。子供の自分から大人の自分に変われたポイントでした」と振り返る。4年間指導してきた清水達也監督(昨年までコーチ)も「先発に回って役割が明確になり“フィールディングや牽制、マウンドさばきができないと勝てない”と何をすべきか分かったのではないでしょうか」と分析する。


 そして秋には3勝、春には4勝とチームのエースとして着実に進化を遂げてきた。また物事をさまざまな角度から考えるようになり読書が趣味に。「中学時代の自分からは考えられないですよね」と笑う。

 

 将来について鍬原は母への感謝にも触れて、力強くありながらも優しい口調で語る。


「ここまで野球をやってこられたのは母のおかげです。母がいろいろ動いてくれたり我慢したりして、自分のために時間を注いでくれました。だから、恩返しをしたい気持ちが強いですね。そして野球少年たちに“鍬原みたいになりたい”と思ってもらえる投手になるのが夢です」


 もともと備わっていた高いポテンシャルに、経験と感謝の気持ちが加わり逞しくなっていた鍬原に、どんな評価が下されて、どのようなスタートラインにつくのか。運命の時は、もうまもなくだ。

高木遊

1988年、東京都生まれ。幼い頃よりスポーツ観戦に勤しみ、東洋大学社会学部卒業後、スポーツライターとして活動を開始。関東を中心に全国各地の大学野球を精力的に取材。中学、高校、社会人などアマチュア野球全般やラグビーなども取材領域とする。

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