回転数から見えるもの、見えないもの ダルビッシュを科学する<第2回>

丹羽政善

試行錯誤するスライダーの扱い

調整段階から日々試行錯誤を続け、前進を続けるダルビッシュ 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 スライダーに関しては、昨年と比べて今年のほうが、スライド成分、つまり横の動きが大きくなり、さらに安定している。対照的に縦の動きは、ゼロから−0.40の間で上下していたが、8月下旬以降、軌道が変わった。

 そこも次回のテーマとなるが、縦スラならば、必然的にドロップ成分が大きくなり、縦の値もマイナスとなる。仮にその値がプラスになれば、スライド成分は変わらなくとも、打者にはまるで軌道の違うスライダーと映るのではないか。

 第1回で、ダルビッシュが昨年の夏頃に「スライダーが曲がらない」と話していたことを紹介した。実際この頃、ダルビッシュのスライダーは、スライド成分が小さく、またドロップ成分が大きくなっていた。縦スラの典型的な軌道だが、昨年9月9日のエンゼルス戦でややリリースポイントを下げ、クロスステップ気味だった点を矯正すると、このとき、ドロップ成分は−0.06フィート(約1.8センチ)に上がった。横の変化量そのものは変わらなかったので、相手は随分、戸惑ったはずである。

 ただ、だからといって、必ず抑えられるかといえば、また違う話だ。
 
 昨年のブルージェイズとのプレーオフでは、スライダーのドロップ成分が、−0.07インチ(約2.1センチ)とエンゼルス戦とほぼ同じだったが、効果的とはいえなかった。この時、実は4シームのホップ成分もこの2年では最高となる1.93フィート(約59センチ)だったが、4本塁打を許すなど、5回を投げて5安打5失点だった。このときは制球に苦しみ、球質だけではいかんともし難かったか。

カットボールは独自の動き

 最後にカットボールについて触れるが、今年6月に入ってからスライド成分が昨年より小さくなり、また、ホップ成分は今年に入ってから減少傾向が見られた。そのカットボールの軌道の変化については5月、ダルビッシュがこんな話をしていた。

「カットを高めに投げると、抜けるような感じになる。真ん中だと、左打者の胸元に食い込む感じ。低めに投げると、左ピッチャーのチェンジアップのような感じで落ちる」

 この頃、手首の角度を微妙に変えながら、軌道を変えていたのだ。ただ、そのカットボールも、他の球種同様に8月下旬以降に軌道が変わり、彼の変化を象徴する球種となっていく。どう変わったのかは、9日掲載の第3回で改めてたどっていく。

カーショーの奥行きを使う高度な技術

同じ球種でも奥行きを使って打者を打ち取る技術を持つカーショー 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 さて、最後に冒頭で触れたカーショーのホップ成分についてだが、通常、ホップ成分が大きいことによるメリットとしては、空振り、フライが多くなる、あるはファウルでカウントを取れるといったことが挙げられる。その一方、フライが多くなることで、ホームランが多くなるリスクもある。

 ところが、不思議なことに、カーショーの4シームの場合、フライになる確率も、空振りする確率も決して高くない。『baseballprospectus.com』のランキングを利用し、今季、500球以上投げた先発投手の数字をたどると、8月31日時点で4シームの空振り確率は15.82%で78位。トップはジェイコブ・デグロム(メッツ)で33.97%だった。ファウルになる確率は43.31%で85位。1位はタナー・ロアーク(ナショナルズ)の52.35%。フライの確率は22%で69位タイだ。1位は、リッチ・ヒル(ドジャース)で44%となっている。

 ではなぜ、4シームの伸びが結果に反映されないかだが、神事氏は、「うまく、力を抜いているのでは」と話す。

「彼は、全部が全部、目一杯投げているわけではない。力の入れどころ、抜きどころを知っている。打者はその抜いた球を打たされてゴロになっているのではと推測できる」

 一般には公開されていないが、「Statcast」に利用されているトラックマンでは、ボールの奥行きのデータが出せる。

 4シームを真横から見たとして、仮に93マイル(約150キロ)の4シームがホームベースに達した地点を基準とすると、球が速ければ速いほど、より捕手に近い位置にボールが到達していることになる。遅ければ、その逆。このポイントがバラバラであればあるほど、相手打者はタイミングを合わせにくくなる。

 カーショーはそうして奥行きを使いながら、相手を翻弄(ほんろう)しているのでは、というわけだ。となると、ダルビッシュも今年、同じように強弱をつけているから、昨年よりもホップ成分が下がった、という仮説も立てられる。

 いずれにしても8月に何があったのか。次回(9日掲載)、ダルビッシュの試みとデータがどう変化したかを追っていく。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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