齧歯類の下歯がトド松を倒す。メラグラ。 「競馬巴投げ!第153回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

天の配剤とか自然の摂理などというものがもしあるとしたら

[写真3]メラグラーナ 【写真:乗峯栄一】

 ぼくの推測では、たぶんオス・ビーバーはほんとは自分の下歯を伸ばしたい。それが最も自分の得意とする部分だからだ。“齧歯類”の最も優秀なオスが最も優秀な歯を持つというのは当たり前だ。例えばオス・ヘラジカが大角を持つように、下歯を顔の前面から頭上近くまで伸ばして「どうよ、このオレの頭上まで伸びた下歯は!」とメスに誇示したい。「まあなんてワイルドな下歯なの」とメス・ビーバーはイチコロだ。しかしそこまで下歯が伸びると、ものは食えないし、そのまま伸び続ければ後頭部に突き刺さって死んでしまう。そこで何かの大きな力によって、オス・ビーバーは一定間隔でトドマツの幹を齧るように仕向けられている。自分は下歯ガンガン伸ばしてメスをよろめかせたいけど、知らず知らずのうちに幹を齧って歯を削っている自分がいる、「何か変だな」という、そういう気分でオス・ビーバーは暮らしている。

 天の配剤とか自然の摂理などというものがもしあるとしたら、それは「個々には出入りがあるだろうけど、トータルとしてはバランス取れるように」とか、「結果的にはフィフティ・フィフティでいいんじゃない?」という、そういうところに持って行く力だろう。

ぼくの得意技は競馬場帰りのポケットに押し込まれた札束しかない

[写真4]ビッグアーサー 【写真:乗峯栄一】

 ぼくが言いたいのは、要するに馬券のことだ。ビーバーが歯の強さ、ライオンが獲物狩り能力で、グアナコが唾の臭さ、ヘラジカが角の大きさがオスの力を誇示するポイントだ。

 動物界のオスたちはこぞって自分の得意技でメスに言い寄るが、ぼくの場合の得意技は競馬場帰りのポケットに押し込まれた札束しかない。悲しいが、ほかにはほとんど取り柄がない。これでメスに受け容れてもらうしかない。

 函館記念で大穴が当たって以来、どうしたことかピタッと止まった。8週間以上マイナス収支だ。しかしいままで気づかなかったが、これはひょっとしたらビーバーの下歯なのかもしれない。放っておくとどんどんカネがあふれて後頭部に突き刺さって死んでしまうから、いくらメスが寄ってくるとしてもこの札束を削り取るしかないという、そういうことかもしれない。

 自然の摂理がそうし向けている。メスの気を引く唯一の武器がなくなったとしても、札束が後頭部に突き刺さって死ぬよりいいでしょ?という天の配剤だ。

 でもワイオミングのトドマツの幹はビーバーの下歯を削り取るだけだ。歯根ごと抜いてどうするんだ。凶器となる札束の上の方だけちょろっと削ればそれでいいでしょうが。“競馬界の齧歯類”はいま過激な下歯削り取りに苦しんでいる。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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