ミランが大型補強でチームを刷新した理由 CL出場とFFP対策というミッション

片野道郎

最大のハードルはFFP

今季のELに続いて、来シーズン以降もUEFAコンペティションで戦うためには、FFP規程をクリアしている必要がある 【写真:ロイター/アフロ】

 それを理解するためには、ここでいったん移籍マーケットを離れて、クラブ経営に話を移す必要がある。

 ミランを買収したリー会長が、買収資金の大半を借入金に頼っており、そのうち米国のヘッジファンドである「エリオット・マネジメント」から借りた3億6000ユーロ(約472億1000万円/利息込み)もの大金を、2018年10月までにキャッシュで返済しなければならない立場に置かれていることは、4月の買収成立時にリポートした通り。

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 この不安定な財務状況を改善して中国資本による新体制を軌道に乗せるためには、今シーズンのセリエAで4位以内に入り、来シーズンのCL出場権を手に入れることが絶対条件となっている。CLに出場できれば、UEFA(欧州サッカー連盟)から少なくとも4500万ユーロ(約59億円)の放映権料収入が入るだけでなく、スポンサーやマーチャンダイジングの市場拡大による収入増も期待できる。逆に、それがなければ大幅な売上増を望むのは極めて困難。16−17シーズンの売上高は2億ユーロ(約262億4000万円)を切る減収見通しで、収支は数千万ユーロの赤字が確実だ。

 エリオットへの負債に関しては、より条件のいい金融機関からの「借り換え」によって返済する計画が進んでおり、おそらく年明け早々に実現するとファッソーネGDがコメントしているため(「ゴールドマン・サックス」「メリルリンチ」と交渉中と伝えられる)、期限までに返済し切れず、経営権がエリオットの手に渡るという最悪の事態は回避することができそうだ。

 しかし、今シーズンのヨーロッパリーグ(EL)に続いて、来シーズン以降もCL、ELというUEFAコンペティションで戦うためには、UEFAが定めるファイナンシャルフェアプレー(FFP)規程をクリアしている必要がある。ミランにとって最大のハードルはまさにそこにある。

 FFPの最も基本的な原則は「ブレークイーブンルール」と呼ばれ、直近3年間の決算収支をトータルでブレークイーブン(収支トントン)、最悪でも3000万ユーロ(約39億3000万円)以内の赤字に収めなければならないというもの。ミランの場合、13−14から15−16までの3年間で2億5000万ユーロ(約327億9000万円)の累積赤字を計上しており、FFPの審査対象となる今シーズンを含めた3年間(14−15から17−18)の収支をこの基準に適合させること自体は絶望的だ。

VA申請で乗り切れるか

 しかしFFPには、資金的な裏付けを持った新規参入オーナーがチーム再建・強化のために短期的な大型投資を必要とする場合、UEFAに投資計画と収支の見通し(赤字幅)を明確化したビジネスプラン、そしてその赤字を全額穴埋めできる保証をあらかじめ示してネゴシエーションを行えば、その結果に従う形で最大4年間にわたって計画的な赤字経営を行うことができる「ボランタリー・アグリーメント(自発的協定・以下VAと略記)」という仕組みが、15年から組み込まれている。

 オーナーが替わったばかりのミランは、この仕組みを利用することによって、立ち上がりの1〜2年は3000万ユーロ(約39億3000万円)を大きく上回る赤字を計上しながら、その間に売り上げを伸ばして収支を改善し、3年後または4年後にブレークイーブンを達成するという道を選ぶ権利を持っている。

 実際にファッソーネは、ミランの買収が成立する前から準備を進めて、成立後すぐVAの申請を行っている。その内容は、17−18シーズンに中国市場で9000万ユーロ(約118億円)、18−19シーズンには倍増の1億8100万ユーロ(約237億4000万円)、その2年後には2億1400万ユーロ(約280億7000万円)の売上を立て、それにCLの放映権料も加えることで、売上高を以下のように急速に伸ばすというものだった。

16−17シーズン:1億9600万ユーロ
17−18シーズン:2億7300万ユーロ
18−19シーズン:4億2600万ユーロ
19−20シーズン:4億4800万ユーロ
20−21シーズン:4億8400万ユーロ

 ミランは今夏、中国・広州に関連会社「ミラン・チャイナ」を設立しており、ここを拠点としたサッカースクール事業、スポンサー、マーチャンダイジングなどによって売上を拡大するとしている。しかしUEFAはこの計画を、売上高の見通しが楽観的すぎて裏付けに欠けるとして却下。今秋にあらためてより詳細かつ現実的なビジネスプランを用意して再度申請することで、ミランと合意した。

ミランの直面している厳しい現実

ミランに課せされているのは、決して簡単なミッションではない 【写真:アフロ】

 というわけで、やっとここで移籍マーケットに話が戻ってくる。ミランは当初、この17−18シーズンからVAをスタートすることを前提にして補強計画を立てていた。しかし、申請がはねられたことでVAの初年度は来シーズンにズレ込み、今シーズンはその対象外となる。

 もちろんELに出場している以上、FFPの審査対象にはなるし、直近3年間の赤字は間違いなく3000万ユーロ(約39億3000万円)を超えるため、来シーズン以降、それを理由とする何らかのペナルティー(選手登録人数の削減、罰金、移籍収支への制約などが想定される)を受ける可能性はある。

 それならば、ペナルティーによってチーム強化に制約を受ける前に、来シーズン以降CLを戦うために必要な戦力を、無理をしてでもそろえておいた方が得策、というのも1つの考え方だ。

 その一方では、VAの対象となる18−19シーズン以降に使うはずだった強化予算を前倒しして消化したことで、VAの対象となる18−19からの3年間は支出が減ってブレークイーブンのハードルが低くなるというメリットもある。そのあたりの「さじ加減」がどうなっているのか、詳細を知るすべはない。しかし、あえて今夏、一気に巨大投資を行うという決断に至ったとすれば、それはVAをめぐるUEFAとのネゴシエーションを通じて、何らかの感触と裏付けを得たからだろう。

 もちろん、チームが固まるまである程度の時間がかかるリスクを考慮しても、絶対的な戦力値とクオリティーを高めることに優先順位を置く方を選んだという側面もあったはずだ。実際ファッソーネGDは最近、次のようにコメントしている。

「獲得した新戦力がすべてチームに組み込まれて機能するまで、まる1年近くかかるかもしれないというリスクは承知している。しかしこのやり方ならば、来夏は2、3人の選手を入れ替えればチームが完成するという状況になっているだろう。リスクはあるが、計算は立っているということだ」

 とはいえ、13年にエリック・トヒルがクラブを買収してからのインテルがそうだったように、移籍マーケットのたびにそれなりの予算を投じて少なくない主力を入れ替えながら、なかなかチームが固まらずにCL出場権を逃してまた新たな補強を強いられ、それを2〜3年繰り返すうちにFFPをクリアできなくなって停滞する、というシナリオだってあり得ないとは言えない。

 7月27日のEL予選3回戦(対ウニベルシタテア・クライオバ)からスタートしたミランの今シーズンは、ここまで8試合(セリエA3試合、EL5試合)を戦って7勝1敗。格下相手が続いてきたELはいずれも地力の差を見せつけての楽勝だったが、セリエAはクロトーネとの開幕戦こそ危なげなく勝ったものの、続くカリアリ戦は苦戦の末に2−1で辛勝。

 そして国際Aマッチウイーク明けの第3節(9月10日)は、ラツィオに1−4の完敗を喫している。まだ攻守ともチームのメカニズムが固まっておらず、ビンチェンツォ・モンテッラ監督も基本の4−3−3だけでなく3バック(3−5−2)も試すなど、試行錯誤が続いている状況だ。

 ここからは10月1日のセリエA第7節ローマ戦まで、週2試合ペースの5連戦というハードな日程が続く。そこでチームを軌道に乗せることができるかどうかが、指揮官にとって最初のハードルになる。ファッソーネGDの方は、向こう1〜2カ月のうちに、より説得力を持ったビジネスプランを準備してUEFAとのネゴシエーションを再開し、VAの締結にこぎ着ける必要がある。どちらも、決して簡単なミッションではない。しかし、それを達成しない限り、未来は開けてこないというのが、ミランの直面している現実である。

※移籍金は推定。日本円は17年9月15日現在のレートで換算

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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