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好調を支える指揮官・高木琢也の手腕
J2・J3漫遊記 V・ファーレン長崎<前篇>

「ラッキーな部分もあったかもしれない」けれども

今季で5シーズン目となる高木琢也監督。ピッチ外の問題が山積する中で上位をキープ
今季で5シーズン目となる高木琢也監督。ピッチ外の問題が山積する中で上位をキープ【宇都宮徹壱】

「試合の印象を率直に言うならば、ウチの選手たちはホームに強いな、と。ラッキーな部分もあったかもしれないです。それでも、どうしてもあと1得点、勝ち点3を望んでいたので、選手たちはよくやってくれたと思っています」


 V・ファーレン長崎の高木琢也監督の、試合後の第一声は安堵(あんど)感に包まれたものであった。8月5日、トランスコスモススタジアム長崎(トラスタ)で開催されたJ2リーグ第26節。ここまで5位と大健闘を見せているものの、直近2試合に連敗していた長崎がホームで迎えたのはFC岐阜。17位ながら、今季は徹底したポゼッションサッカーで注目を集める、油断ならない相手である。試合は、前半31分に幸野志有人がPKを決めて長崎が先制するも、その8分後にクリスチャンのゴールで岐阜が追いつく展開。1−1の状況は後半アディショナルタイムまで続くが、土壇場で再び長崎がPKのチャンスを得て、これを途中出場の中村慶太が冷静に決めて試合終了となった。


 この日、上位陣のうち徳島ヴォルティスと横浜FCが敗れたことで、勝ち点を44に積み重ねた長崎は3位に浮上した。第8節にアビスパ福岡に0−1で敗れた以外、今季はトラスタでは無敗。「ウチの選手たちはホームに強いな」という高木監督の言葉は、まさに実感のこもったものであった。一方で「ラッキーな部分もあったかもしれない」のも事実。とりわけ土壇場でのPK獲得は、岐阜の大木武監督が「ウチ(の選手)は触っていない」と語っていたように、かなり長崎に有利な判定に思われた。それでも、終盤は長崎が最後まで諦めずに怒とうの攻撃を見せていたし、ラッキーを呼び込んだのも「実力のひとつ」と考えることもできよう。


 夏場に入り、さらに混戦が続くJ2。第26節終了時点で、首位から7位までJ1での経験を持つクラブがひしめく中、J1未経験の長崎が3位に食い込んでいるのは驚くべきことである。加えて今季、クラブはピッチ外での問題に振り回された。2月には1億2000万円の大幅な赤字が発覚して、4月に経営陣が交代。メーンスポンサーだったジャパネットホールディングスの子会社として再生の道を探るも、7月には旧体制時の入場者数の恒常的な水増しが発覚してJリーグから制裁を受けることとなった(制裁金300万円とけん責)。これほどクラブが揺れ動く中、チームが上位をキープしているのはなぜか。選手の頑張りもさることながら、やはり高木監督の手腕に負うところも大きいはずだ。

直近5試合を遡ってスカウティング

「ボックス内で決定機を作らせなかった」岐阜戦。高木監督のスカウティングがハマった
「ボックス内で決定機を作らせなかった」岐阜戦。高木監督のスカウティングがハマった【宇都宮徹壱】

「彼ら(岐阜)のストロングサイドは左なんですね。DFの福村(貴幸)がかなり上がってきて、そこからのクロス、またはバイタルでのパスというのが、スカウティング映像を見ていても多かった。今回、(自陣の)ボックス内でそうした形での決定機をほとんど作らせなかったので、選手にうまく伝わったのかなと自己満足しています」


 再び、試合後の会見にて。「今回の試合で、事前のスカウティングがうまくハマった部分はどこか?」という質問に、高木は少し照れ笑いを浮かべながらこう答えている。実のところスカウティングは、この人にとってまさに「生命線」。もちろん指導者たるもの、対戦相手のスカウティングは当然の話である。ただし高木の場合、見る量が尋常ではない。


 GKコーチの三好毅典によれば「監督は、対戦相手の直近の映像を最低5試合はチェックしていますし、同じ試合を2、3回見ることも珍しくないですね。午前の練習が終わったら、午後のほとんどの時間は映像のチェックや編集に充てています」とのこと。もっとも当人に1日に見る試合数を聞いてみると「さすがに3試合が限界。それ以上見ると、いくら僕でも頭がおかしくなりますよ(笑)」という答えが返ってきた。


 映像から抽出された「相手チームのポイント」は、ダイジェスト版に編集されてミーティングで選手に共有される。指揮官いわく「相手の特徴が大まかに分かる映像は、若いコーチに作ってもらいますけれど、相手の弱点や守備のポイントといった細かい部分は自分で作りますね」。こうしたスカウティングを踏まえての指示も非常に細かい。これまで柏レイソル、アルビレックス新潟、愛媛FCを渡り歩き、16年に長崎に移籍してきたキャプテンの村上佑介は、高木の指示の細かさについて、かなり特殊なものに感じたという。


「あれは、松本(山雅FC)とのアウェー戦でしたね。監督から『コイントスで勝ったら陣地を替えるように』という指示がありました。というのも松本は前半、(ゴール裏の)サポーターを背にして、後半はサポーターに向かって攻めていく。その時の得点率が高いというデータがあるんですよ。柏のネルシーニョや、愛媛の木山(隆之)さんも、スカウティングが緻密でデータを重視するタイプでした。でも、高木さんはそれ以上。僕もプロになって初めてです。コイントスにまでこだわる監督というのは(笑)」


 余談ながら、高木が映像を積極的に見るようになったのは、現役を引退して海外サッカー(主にプレミアリーグ)の解説をするようになってからだという。「特にプレミアの場合、コアなファンが多いですからね。突っ込まれないように、最低でも2試合前の映像からさかのぼって見るようにしていました」とは当人の弁。本番に向けて、入念な下調べをする習慣は、どうやらこの解説者時代に培われたようだ。

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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