ダルビッシュ、駆け込み移籍の舞台裏 デッドライン間際のさまざまな攻防

丹羽政善

移籍の一報はトレード期限後

ドジャースへのトレードが決まり、会見するダルビッシュ 【写真は共同】

 何事もなく、米国東部時間31日午後4時のトレード期限が過ぎたかにみえた。

 しかし、10分後、『MLBネットワーク』のジョン・モロシ記者が、「まだ、ダルビッシュ有が期限直前にトレードされたかどうか、はっきりしない」とツィート。

 すぐさま、ジェフ・ウィルソンというレンジャーズの番記者も、「まだ、すべてがクリアになったわけではない」と意味深につぶやき、1分後、エバン・グラントという別のレンジャーズの番記者も「レンジャーズから、何もないという確認が取れない。大リーグ機構の承認待ちをしているのかもしれない」とツィートした。

 おそらく何かある、と感じたのだろう。

 案の定、そのさらに1分後――トレード期限が過ぎて12分後に、『FOXスポーツ』のケン・ローゼンタール記者が、こう短くつぶやいた。

「Darvish TRADED」

 移籍先をドジャースと報じたのはグラント記者で、その2分後のこと。続いて、『FanRag』というウェブサイトのジョン・ヘイマン記者は、「デッドラインの1分前に合意に達した」とツィートした。

 レンジャーズは、パワーに定評のあるウィリー・カルホーン(二塁/外野手)とブレンドン・デービス内野手、そしてA.J.アレクシー投手の3人を獲得。当初、ドジャースのトッププロスペクトと評価されているウォーカー・ビューラー投手、もしくは、アレックス・バーデュゴ外野手を狙っていたようだが、そこは、足元を見られたのかもしれない。

 レンジャーズがダルビッシュをトレードしたのは、それを迫られてのこと。ドジャースが、何がなんでも先発投手を必要としていたかといえば、そうではないのである。

 ただ、その迫られた事情に関して、通常とは少々異なる。

ドジャースはWS制覇へ最後のピース

 今回のケースでは、プレーオフ出場の望みがなくなったから、レンジャーズは今オフにフリーエージェント(FA)になるダルビッシュと再契約できないリスクを考え、トレードせざるを得なくなった、と捉えられている。

 確かに表向きはその通りだが、実際にはプレーオフ出場の可能性に関係なく、レンジャーズはダルビッシュをキープし、再契約する意向だった。

 だが、7月31日までに再契約はできないという結論に達した場合はその限りではなく、今回トレードをしたということは、裏でそういう判断が下されたのではないか。そもそも再契約できるという手応えがあるぐらいなら、すでに再契約を交わしているはず。最後まで可能性を探ったが、それでも確信は得られなかったよう。

 それにしても、移籍先がナ・リーグのトップを独走するドジャースとは。現在は戦列を離れているが、ドジャースの先発陣には、エースのクレイトン・カーショーのほか、今季ここまで12勝1敗のアレックス・ウッド、リッチ・ヒル、ブランドン・マッカーシー、柳賢振に加え、前田健太もいる。

 余っているような状況だが、別にドジャースとしては、先発陣が足りないから、ダルビッシュを補強したわけではないのだろう。彼らの視線の先にあるのは、あくまでもワールドシリーズ制覇。そこまで考えたとき、カーショーに次ぐ2番手の先発を必要としていた。ドジャースとしてはこれで、プレーオフを勝ち抜く最後のピースを得たことになる。

記者の問いかけにダルビッシュも応答

 ところで、なぜトレード成立が駆け込みになったかだが、期限を過ぎたあとで、トレードが明らかになること自体は珍しくない。期限内に合意してから、あとはリーグの承認を待つ。通常、その手続きに10分程度必要とされ、その間は気が抜けない。実際、レンジャーズが昨年、サム・ダイソン投手を獲得した時もそうだった。今回もおよそ10分後に動きがあった。

 そもそも遅くなった理由だが、一つの要因としては、ソニー・グレイのトレード成立に時間がかかったからではないか。アスレチックスからヤンキースへのトレードが明らかになったのがトレード期限の約1時間前。ヤンキースは、ダルビッシュにも興味を示していたので、レンジャーズとしてもその行方を待ちたかったのだろう。ダルビッシュをトレードするにしても、1チームと交渉するより、複数のチームと競わせたほうが価値が上がる。できれば、ヤンキースとドジャースに最後まで争って欲しかったというのが、レンジャーズの本音だったのではないか。

 ただ、グレイのトレードが決まってからも、動きが遅かった。トレード期限の17分前、やはりトレード候補だったジャスティン・バーランダー(タイガース)が、「速報だ。俺はまだ、タイガースのロッカーにいる」とツィートした。その2分後、前出のグラント記者が、「ダルビッシュもこういうのをやってくれないか?」とつぶやくと、ダルビッシュがそれに応じ、クラブハウスでの自撮り写真に「10 min!!(あと10分)」というメッセージを添えた。

 その後、刻々とトレード期限が近づくなか、もう決まらないだろう、という憶測が流れ始める。レンジャーズが交換要員で譲らなかったと推測できる。テキサスでは中部時間でトレード期限となる午後3時を迎えると、ダルビッシュの妻・聖子さんはクラッカーが割れる絵文字をツィッターに投稿し、グラント記者は、「これが(残留を)物語っている」と応じたが、実際にはその直前に事態が動いていたようだ。

 トレードが決まるかも、とダルビッシュに伝えられたのは、いわく、「3時手前」 だったそうだ。
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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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